三河物語本文データベース

目次 › 三河物語第三下 › m3.081

子孫への訓戒、主家を去るな編集見出し

81 · 1,119字 ·編集段落

然ども子供よくきけ。只今は御主樣の御かたじけなき御事はもうとうなし。さだめて汝共も御かたじけなく有間じき。其をいかにと申に、他國の人を御心置きなく御膝元近く召つかわされ、又は何の御普代にもあらざる者を御普代と被仰て、御心おきなく召つかわされ、汝共が樣に御九代迄召つかわされける御普代をば、新參者と被成て斗立の三斗五升俵の三年米を、貳百俵三百俵づつ何れもに被下て何とて忝存知可奉。然共其儀を御不足に存知奉らで、よく御ほうかう可申上、御こんがうをなをし申と御意ならば、貳百俵の事はさておきぬ。貳俵不㆑被㆑下候ても、御草履取になりとも御馬取なりとも、御家を出てべつの主取有間じき。只今こそ我等先祖をすてさせ給へ。信光樣より此方相國樣迄御代々の御なさけわすれずして、只今のかなしき事をば、信光樣より御代々相國樣迄ゑの御ほうかうと思ひ奉り、何とやうにも御ほうかう申上奉れ。其故御主にそむき奉れば七逆罪の咎をうけて地獄におつるなり。此世はかりのやどりなり。後世を大事と思ひて返々も御無沙汰なく、御馬取に被成候共御鑓かづきに被成候共御意にもれ有間敷、御家を出る事なかれ。御普代久しく度々の御ちうせつはしりめぐりを申、御九代召つかわされたる者の筋を、あしく召つかわされ給はば、御主の御ふそくにてこそあれ、萬騎が千騎、千騎が百騎、百騎が十騎、十騎が一騎に成とも御草履をなをしてもよく御ほうかう申奉れ。但御ほうかう申上ても不勝づらをして御ほうかうを申上たらば、御ほうこうにならずして反つて七逆罪の御とがと可成。何事をもかごとをも御意次第火水の中へも入て打笑い申て、御きげんのよきやうに御ほうかう申上奉れ。親兄弟女子けんぞく一るいを取あつめても、必ず〱返々くりかへし〱御主樣御一人にはかへ申な。御主樣の御ほうかうならば、右の者共をば火水の中、又は敵かたきの中へも打すてゝ二度其沙汰もすな。其さたをしたる物ならば、悔みたるに似べければかならずさたもせぬ事なり。此おもむき汝共が子共によく申つたへよ。是をそむきて御主樣へ御無沙汰申上たる者ならば、我死たりと云とも、汝共が笛の根に喰ひ付てくひころすべし。かくは申せども、只今御主樣に御忝御事は一ツも半分もなけれども、信光樣より此方御代々相國樣迄の御あはれみを、我等の代々深くかうむり申、それへの御ほうこうと申、當將軍樣迄御九代之御主樣と申、又は我等の代々御ちうせつを申上たるを、今末の代に御無沙汰申上たらば、我々代々の御ちうせつがむと可成間、其儀をむなしくなすまじきため、其故御主樣に逆心を申せば、七逆罪のとがをかうむりて無間地獄におつべければ、是等のおそれのおそろしければ、返々も御主樣に背き奉り申な、よく〱心得可申。