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因果の諸相と信長の報い編集見出し

83 · 425字 ·編集段落

然共因果は色々に有と見えたり。よき事をしてもよくは報はであしきも有り、あしき事をしてすゑがさかえてよきも有り。あしき事をして其身の代にあしくあたるもあり。色々とは見えたり。其をいかにと云に、御主樣へ敵をして、さび矢を射かけ申たる者の末々の、はんぢやうしてさかゆるもおゝし。又代々御敵を不申上して、矢おもてにかけふさがりて、御代々の御時每に御忠節を申上たるすゑ〱の者に、こと〲くかた身をすくめて、御敵を申たる筋の者にかゞむ因果も有。我等共の因果は此因果なり。さて又信長などの因果はたちまちにむくはせ給ふ。其をいかにと申に、みのゝくに岩もろの城にて甲州衆を攻おとさせ給ひ、二の丸へ押入堄をゆひて、こと〲くやきころし給ふ。其後甲州へ亂入給ひし時、ゑりん寺の智識達其外の出家達を鐘樓堂へおひ上て、火を付てこと〲くやきころし給ふ。比は三月の事成に、其年の六月二日にはあけち日向守べつしんして、二條本能寺にてやきころされ給ふは、因果は早くむくいたるかと見えたり。