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石田治部の挙兵と岐阜城攻略編集見出し

49 · 493字 ·編集段落

然處に、石田治部少輔謀叛をおこして、安藝の毛利、島津、あんこく寺、小西攝津守增田右衞門督、長束大藏、大谷ぎやうぶのせう、にわの五郞左衞門、たち花左近、金吾中納言、ぎふ中納言、うき田中納言、長宗我部、小田の常眞、其外大名共が跡にて敵になり、伏見の城を責取て松平主殿助、松平五郞左衞門、鳥居彥右衞門、內藤彌次衞を討取、かち時をつくりて大津の城をせめ、あをのが原へおし出す。東にては景勝、佐竹義宣、眞田が敵になる。然間あいづの御陣の御やめ被成て、上方へきつてのぼらせられんと被仰ける處に、本田中務、井伊兵部少輔御內談被申けるは、上方へ上らせ給ふ儀は如何に御座候。先此地を御しづめあつて其故きつてのぼらせられ、御尤かと奉存知候儀は如何御座可有と被申ければ、言語同斷なる儀を申者共かな、我せがれより弓靫を付て度々の事に相付て有物を、磯をせゝりていかゞせん。大場へ押出して一合戰してはたすべし。早早汝共は罷上給へと被仰て、御先へこと〲く御人數をつかわされければ、先ちまつりにぎふの城を責取ける。其手にのらざる衆は合渡へ押かけて、がうどの敵をきりくづしておひ打に打て、其よりあをのが原へ押上て陣の取。