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池田喜平次、縄を抜けて逃げる編集見出し

9 · 397字 ·編集段落

m3.009校訂済207頁 115L:3–12別
なわ取うけ取而、おつ立而行、なわをつよくいましめて置。ねずの番の者六人ゐて、かわりていたりける所に、喜平次申けるは、御身達はあまりこと〲敷ふぜいかな。いけどりと云事は、何方にも敵味方之事なれば、互に主之ほうかうなれば、にくきにあらざる事なれども、かほどに高手小手にいましめて其上に鹽水をふきて、したへ足之付ざるやうにいましめて、其の故ねずの番をも給ふ。此のうへ我等がにぐる事は此の世にてならざるていに候間、ねむたくはゆく〱とね給へといへば、番之者申けるは、げに〱それもきこえたり。其上にげてゆかば、おし付打すつべし。さらばねよとて、臥して大いびきかきければ、喜平次はしすましたりと心得而、高手小手のなはをはづして、番之者をあごみ越而、はしり出而あわが嶽へとびあがりて、くら見さいがうゑ出而、濱松へ參りければ、手がら成命のたすかりやうかなとぞ、御意被成けり。勝賴はすわの原の城を取給ひて引入給ふ。