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竹千代の帰還と一宮の退き口編集見出し

19 · 671字 ·編集段落

然間竹千代樣をば駿河に置まいらせられ而、御敵にならせ給ひければ、竹千代樣を今害死奉、後害死奉、今日の明日のと罵れども、關口刑部少輔殿の御孫なれば、さながら害死奉る無㆑事も。然ば石河伯耆守申けるは、いとけなき若君御一人、御戕界させ申さば、御供も申者無して、人之見る目にもすご〱として御べし。然者我等が參而、御最後之御供を申さんとて、駿河得下けるを、貴賤上下かんぜぬ者も無。然處に鵜殿長勿子供に人質がゑにせんと申越ければ、上下萬民喜申事限無して、さらばと云而換させ給ふ。其時石河伯耆守御供申而岡崎得入せ給ふ。上下萬民つゞい而御迎に出けるに、石河伯耆守は大髯噉そらして、若君を頸馬に乘奉り而、念し原へ打上而、とをらせ給ふ事之見事さ、何たる物見にも是に過たる事はあらじとて見物す。氏眞は扨も〱あほう人哉。抑竹千代樣を鵜殿に歸ると云法やく哉と云たり。其より思召置無㆑事取合給ふ而、牛久保、吉田得御働有而、度々のせり合に各々骨身を碎く成。早長澤之城をも取而、野田、牛久保にあたり而、一の宮に取出を取給ふ。駿河寄も佐脇と八幡に取出を取而、吉田、牛久保を根城にする。然處に氏眞は駿河遠江之人數をもよをして、旗本は牛久保に一萬斗にて有、一野宮を五千餘に而謮を三千の內外に而後づめを被成けり。氏眞男ならば出て陣をすべしと而、人數三千斗にて、八幡と佐脇之間得押出させ給ふ。本野が原得出て氏眞の所を押とをし給ひ而、市の宮責ける者どもを押除而、其夜者取出に御陣取給ひ、明ければ本之道に出させ給ひ而とをらせ給得ども、氏眞出給ふ事弄、市の宮の退口と申而、三河にて沙汰するは是成。