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야스치카의 이와쓰 입성과 노부미쓰의 안쇼성 탈취편집 표제

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太郞左衞門尉泰親、御法名用金、是も御父におとらせ給はざりし、弓矢取と申し、御慈悲、中々申つくしがたし。然る所に、大臣殿、勅勘をかうむらせ給ひ而、三河之國ゑ流罪ならせ給ふ。然りとは申せども、無㆑程御赦免ならせ給ひ而、御歸京とぞ申ける。其時國中におひて、大小人に不㆑寄、名之有侍に、御供申せと有し時、國中をさがさせ給へども、源氏之ちやく〱にてわたらせ給へば、是にましたる、ぞくしやうなし。其儀ならば、泰親御供あれと被仰而、御供を社被成けり。其寄して、三河之國ゑの、御綸旨には、德川泰親と被下給ふに仍、早國中之侍も、民、百姓にいたる迄も、恐れをなさゞる者はなし。然る間、松平之鄕中を出させ給ひ而、岩津に城を取せ給ひ而、御居城として、住ませ給ふ。其後岡崎に城を取給ひ而、次男にゆづらせ給ふ。岩津をば、和泉守信光に御代渡させ給ふ。和泉守信光、御法名月堂、御代々御慈悲之儀は申に不㆑及、弓矢を取せ給ふ事幷者無。凡西三河之內三ヶ一は戮隨給ふ。おぎう、ほつきうを責被㆑取せ給ひ而、岩津之城をば、御そうりやうしきへ渡させ給ふ成。おぎうの城をば、次男源次郞殿に御讓り有。其後に安祥之城を思召被㆑懸而、伎踊をいかにもいかにも、きらびやかにしたてさせ給ひ而、路地を通るふりをして、安祥寄拾四五町程へだてゝ西の野ゑ打上而、無㆑何と、かね、太鼓、笛、つゞみにて打はやし、爰をせんどと、をどりければ何かわしらず、西の野にて社、をどるをどり社、法樂にをどる成、いざや出而見物せんとて城も町も打明而、男女供に、不㆑被㆑殘、我先にと出ける間、案の內成とて、我も〱と亂入、其儘付入にして、城を被㆓1取せ給而、三男次郞三郞親忠に御ゆづり有。
  1. 返り点 — 「被」 아래 返り点이 二点인데 짝이 되는 一点이 없다. レ点의 오식으로 보인다.