次郞三郞親忠、後には右京亮親忠と奉申。御法名、淸仲、安祥にうつらせ給ふ。何れも御代々、御慈悲と申、御武邊をもつて、次第々々に御代も隆させ給ふ。御內之衆、又は民百姓、こつじき、非人に、いたる迄、御情を御懸させられ給ふ事、大小供に淚を流しかんじ入斗成。然る間、何事もあるときは、百姓供迄、箶鑓をもつて出、一命を捨而たゝかい、御ほうかうにする成。然間ましてや況、普代相傳の衆なれば、妻子を顧ず一命を捨而ふせぎ戰によつ而、次第々々に御手も廣がる成。是と申も、御武邊と御情御慈悲と能御普代をもたせられ候故に無㆑恙、取廣させ給ひ而、安祥を長親ゑゆづり給ふ。