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목차 › 제1 상(第一上) › m1.012

노 관람 자리 다툼과 기요야스의 포상편집 표제

12 · 1,166자 ·편집 단락

又或時御能のありける時、淸康者緣之上にて御見物被成候。內前殿を初、各々御一門其外者白洲に疊をしきて見物有。然處に內前殿御座敷に有、御前衆御出無內にをもはずしらずに、疊の端に腰を懸けるを遠寄も御覽じて、我座敷に腰を懸る者は、何者ぞおろせと仰けり。御使參り而、內前はをりさせ給へと申。莅をりさせ給へと申せば、尤內前樣之御座敷に何とて上申さん哉。をもはずしらずに、心不㆑ら㆑成たゝみのへりに腰之懸り申成。御意無供見懸申ばおり可申處に畏御座候と申處ゑ、重而御使參而申、早々おりさせ給ゑ、おりさせ給はずばおろし申せと申被付たり。急おりさせ給ゑと申せば、彼人申、迷惑成重て御使をり申間敷と申さば社、畏御座候と申上候處へ、か樣之儀迷惑仕候。然共上之御目之御前、又は諸傍輩之所思か樣に御使を頻請申、一人罷立も後もさび敷存知候ゑて赤面仕、左樣にも御座候はゞ、恐には御座候ゑ共、御結緣思召而、內前樣も御立被成候得、御供申可罷立、たとゑば頭は刎らるゝとも、我等一人者罷立間敷とときつて、御能の過迄終不㆑立。然る處に御のうの過而、各々罷立處に彼者に御城得罷可㆑上由御使立、諸傍輩も定而御成敗も可㆑有と申、其身者勿論思ひ定而有處へ、御使有ければ如㆓存知㆒なれば、驚に不及、畏御使と打つれて御城ゑ參。淸康御覽じて汝等供は久敷普代之者なれば、此先々の一類も多討死をして、信光、親忠、長親寄此方勳功を盡したる者のすゑ〱、殊更汝等も度々の走りめぐり其名をえたりと云ども、我又少身なれば、かいがわしきあてがいもせざれども、普代なれば我ために一命を捨而、はしりめぐりをする。か樣に思ひ入たる普代之者を持たる故に、日本國がうごきて拾萬廿萬騎に而倚供、五百三百に而も戮而懸と思ひしは、かれらを持たる故成。普代之者を置而、當座の侍を二萬三萬持たればとて、其に而多勢ゑ懸りて利をなさん事思ひも不㆑寄。然間汝等を初普代之者一人をば、か程少身なれ供神八幡も御照覽あれ、一郡にはかゑ間敷。汝等どもがごとくの者を持たる故に、我又年にもたらずして、其故少身にして拾二三に成而天下を心懸一陣せん事、汝供を賴成しに內前殿父げ無汝をふみつぶさんとし給ふ。內前殿儀ならばはしりめぐりの者供には、情をも懸給而、我等が用にも立樣にと被成候て給り而社者本意なれ。却而か樣にはしりめぐりの者を無被成れんとの充行は、去とは父げ無あてがいに社あれ。汝者度々のはしりめぐりにはあてがいせざれども、今日座敷を立ならば惜者にはあれども、是非供兄弟一るいを成敗せんと思ひ定而、今立か〱としり目に懸て覩あれば、されども能立去、汝には地かた四貫出しつるが、今日能立候去褒美に五貫かさねて九貫にしてとらするぞとて被下けり。是を聞、國中之大小之侍どもの申は、異國者しらず、本朝には御慈悲と云御情と云御武邊と云、淸康にましたる御主は難㆑有と云。