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목차 › 제1 상(第一上) › m1.034

구로도 님의 영지 횡령과 배반편집 표제

34 · 1,005자 ·편집 단락

然處に松平九郞豆殿、舍弟の十郞三郞殿、御死去被成ければ、御跡繼之御子無と仰有而、其御跡式を押領し給ふ。然處に岩津殿御跡式迄、押領被成ければ、御身に妙而御知行どもには三人御知行を一つにして押領被成ければ、廣忠之御領分には莫大に勝たり。か樣に我儘に押領被成候はゞ、只今社廣忠得御無沙汰無とは申せども、此方彼方押領し給得者、早廣忠と兩天に成給ふ成。然者少之出入も六ヶ敷、其故內膳殿に懲りたる仕合も有、後之わづらひ是成。先車之覆すを見而、後車の誡めをなすと云り。各々寄合談合して廣忠得此由申上、九郞豆殿を駿河得今河へ御使につかはされ、其寄岡崎得寄入不申、九郞豆殿は犇せ給ひ、こはいかに何事ぞや。我廣忠得對して御無沙汰之心毛頭更に無、如何成儀に而御座候哉。更に我身におぼえ不申と仰せつかはし給得ば、各申上候。如仰只今においては、廣忠得御無沙汰之儀夢々毛頭更に無、廣忠を御たいせつと思召事大方成。只今迄之御取立殘所も無。然間御別心などと申儀は夢々思ひも寄ず、廣忠を大事と思召事大方ならねども、十郞三郞殿御跡を我儘に押領被成、其耳成岩津殿御跡迄、我儘に押領被成候得ば、早廣忠之御領分には、貴殿樣之御領分が莫大に增してあれば、早兩天にならせ給得ば、自然少之出入も候得ば其時は六ヶ敷、其故先車の覆へすを見而、後車之誡めをなすと云事有。此前內前殿にこり申故は、何只今御無沙汰無と申而も、後日を不存候間、兎角に寄申間敷と各々申ければ、色々御詫事有ども、各々用ひず。然者今河殿を賴入而、御詫事申さんとて、駿河得下而今河殿を賴、御詫事被申ければ、各々右之しいしゆを申ければ、各々の被申候も以來を兼而被申候得ば、道理之聞えたりとて重而御詫事無。然間九郞豆殿仰には廣忠には恨は荒ねども、家中之恨なれば、さらば小田彈正之忠と一身可有とて、早手出しをし給ひ而、廣忠之御領分に火之手を上給ふ。御普代衆をも九郞豆殿に多あづけ置給ひし處に、九郞豆殿手を出し給ふに寄而、九郞豆殿に付申處には非、如何せんと云處に、大久保甚四郞、同彌三郞申けるは、後日には岡崎得のき度と申たりとも、取鎭め給はゞ成間敷に、取しめざる內に、兎角のき給得とて、各々を唆かし立て、引はづしてのきけり。九郞豆殿も此衆を賴と思召て社、手をも出させ給ひしに、大久保が覺悟をもつて各々はのく成。兎角に憎事かな、何ともして大久保一名之子供成とも捕まへて、磔串指にもして無念をはれんと仰けり。