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목차 › 제1 상(第一上) › m1.035

오쿠보 일족의 곤궁과 가케이 즈쇼의 가미와다 야습편집 표제

35 · 964자 ·편집 단락

然ども其比土呂、鍼崎、野寺、佐崎とて敵味方不入之處なれば、鍼崎之勝萬寺得妻子けんぞく供を入ければかなはず。勝萬寺殿も大久保衆之子供達一人も出させ給ふなとて、人を付而寺內寄外得出させ給はずして置給ふ。然者九郞豆殿ふかく憎給ひ而、大久保一名之知行、又は手作迄も根をほり給得ば、取わけ此一名は妻子けんぞくを餓死に及せ、一衣を代貸し穄、薭、芋などは上の食物也。豆腐の糟てうずのこなどを買取而、一兩年何と無から〲の命を存へけれども、御普代之御主の御ためと思へば、何れも苦にもたず。然處に小田彈正之忠出馬有而、上和田に取出を取而、松平三左衞門殿を置給へば、早岡崎は一國一城と成。然處に岡崎寄大原作1之右衞門、今藤傳次郞、其外以上に七八人斗、上和田得のきて彈正之忠の前得罷出ければ、彈正之忠立出對面して、各々忠節は忝と仰ければ、其時佐近之右衞門傳次郞指出而申、御心安思召候得。岡崎は程有間敷鑓をもふりまはし候程の者どもは、皆罷のき而座候間、頓而取而御目に懸申さんと申ければ、彈正之忠の御返事に、されば滿足して有。然ども各々之樣に度々之事をして、名の高き人成。岡崎におきても一本鑓之衆なれども、普代の主の前途を見捨妻子を孚み、一命を捨處を慟而つよ見をほんとして懸落し給ふ。一本鑓立寄も人數に入去とは申ながらも、普代之主のせんどを見つぎ、妻子けんぞくを歸見ずして、一命を主に奉らんと申而、岡崎にいたるあやかり者ども社、一本鎚2立寄も千萬心憎く存知候と仰ければ、各々赤面して社居たりけり。扨又彈正之忠引入給得ば、廣忠之仰出しに筧圖書を召而仰けるは、和田之取出得忍入而、三左衞門尉を切て參、切害者ならば、百貫可㆑被㆑下と仰ければ、御請を申罷越、忍入而見而有ば、前後もしらず見得ければ、押付々々四脇指五脇指つきける程に聲も不㆑立してはてられ給ふ。豆書も忍入たるに勢息も切けるにや、其を出ければ腰之たゝざれば、弟之筧助大夫も兄と付而其あり迄行けるが、兄之腰之立た去を見て、おびてのきけるに、助大夫と申は隱無おぼえの者、筧助大夫とて人之赦置たる者成。兄之豆書にも拔群位たる者成。助大夫兄を引懸而のくとて云けるは、御身之取給ふ知行之內我等にも少くれ間敷と被㆑申候はゞ、爰に捨と云けるを、扨も〱助大夫は能ねぎりたりとて笑譝に譝にけり。筧豆書には御約束のとほり百貫被下けり。
  1. 오식 — 앞 쪽 「大原佐近右衞門」의 「佐」의 오식으로 보인다.
  2. 오식 — 같은 쪽의 「鑓」의 오식으로 보인다(저본 후리가나 「やり」).