然處に二連木之戶田丹波守、御內通を申上し寄、人質を盜取んために、二れん木寄吉田得再々行而、城代と雙六を打而、氣をくつろがせて其後大韓櫃とを背負はせ、中得色々の物を入、吉田之門を入而番衆是を御覽ぜよ、御不審成物は候はずとて明而見せければ、いや其迄に及不㆑申と申ければ、然ば又此からうとを歸し可申間、御通し候得而被㆑下候得、しかしながら御不審も候はゞ、某が御城に罷在儀に候間仰被㆑越候得、參而改め御目に懸申さんと云得ば、其に及不㆑申相心得申と申せば、此からうとを能見しらせ給得とて、何ものごとく、城代と雙六を打而どめいて遊內に、支度して右之からうとの中得、老母を入而せをはせ而通れば、何之仔細も無、盜出て合圖して置たれば、小性が參而白須をねり出れば、頓而心得而雙六を打納て立出る。門を出る寄馬之上に而長刀おつ取而、母を先得おつ立てのく。本寄申置たる事なれば、郞從どもは迎に懸迎たり。吉田と二れん木之間、相幷たる所なれば、何之相違も無、手がら成人質の盜樣比類無。其故御味方申けるに仍、其時戶田之丹波守に松平を被㆑下而、其寄此方松平丹波守とは申成。扨又吉田得取詰よせて取出を取せ給ひけり。起研寺之取出には鵜殿八郞三郞、其外の衆、醅壔之取出には小笠原新九郞、二れん木口の取出をば卽丹波守が勿。下地得御働之時、本田平八郞と牧惣次郞が鑓を合、其時八屋半之丞少をそく出ければ、半之丞鑓が初ぞ急と云ければ、八屋聞而人が鑓をしたらば、我は切合迄よ。半之丞が二番鑓をしたるといはれては、嬉敷も無、鑓は勿而來るなと云て勿せず。然處に鑓脇に拔はなし而居たる者を、犇入而二人切ふせ而、三人めに河井少德が鐵砲を懸而居たるに犇入而、京之口を取而切たる所を、正德も無㆑䛳者の事なれば、身を不㆑引し而放しける程に、八屋半之丞がかうがめえ打込ければ、そこをば引のけ而其手に而死けり。正德と云名はせはしき所にて、押付而其手負を打取と云ければ、立歸而八幡大𦬇手負にてはなし。正德のちんばぞと云たるに仍、さらば正德となれとて、氏實之付給ふ。其寄して河井正德と申成。今之浮世にかたは者をば嫌うと見えけるが、當世のかたは者はしらず。昔はかたは者をきらはざるに仍、正德が樣成者も有つる。然處に半之丞殿社打死し給ふと、母之方得吿げ來ければ、急母之立出て何と半之丞が打死と云か。畏候と申。扨最後は如何が有りつるぞ。ひるい無候。扨は心安物哉。若半之丞社最後惡きと聞ならば、我も命ながら得而せんも有間敷に最後之能と聞而嬉敷、打死は侍之役なれば、犇而悔むに不㆑及と云。女にはまれ成、さすがに半之丞が母成と云。