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도리이 스네에몬, 나가시노성에 원군을 알리다편집 표제

16 · 729자 ·편집 단락

然る所に、信長御出馬有而、先手之衆は、はややわた、市之宮、ほん野が原に陣をとれば、城之介殿は、岡崎へ付かせ給へば、信長は池鯉鮒へ付せ給ふ。然共、長しのゝ城は、きつくせめられて、はや殊之外つまりければ、忍び而、鳥居强右衞門と申者出して、信長は御出馬か、見て參れとて出す。城寄はやす〱と出而、此由を家康へ申上ければ、信長へ指被越ければ、信長御悅被成而、御出馬之由仰つかはされければ、强右衞門、おうけを申而罷立而、武田之逍遙軒の、責口へゆき、竹たばをかづきて、早かけいらんと見合ける處に、見出されて召とられ、勝賴之御前へ引出す。勝賴は聞召、其儀ならば、汝が命はたすけ置、國へ召つれ、過分に地行を可出、然者はり付にかけて城へ見せべき、其時ちかづき共をよび出して、信長は不出候間、城を渡せと申候へ、其時汝をもおろさんと云ければ、强右衞門申は、忝奉存候命さへ御たすけ候はゞ、何たる事を成共可申候に、あまつさへ御地行を可被下と、御意之候へば、目出度事何かあらんや、はや〱城ちかくに、はた物にあげさせ給へと申ければ、其ごとく城ちかくに、かけければ、城中之衆出而、聞給へ、鳥居强右衞門こそ、しのびて入とて召とられ、如此に成而候へと申ければ、こと〲出而强右衞門かと云。其時、强右衞門申けるは、信長は出させ給はぬと申せ、命を扶其故地行をくれんとは申が、信長は岡崎迄御出馬有ぞ、城之介殿はやわた迄御出馬成。先手は、市之宮本野が原に、まん〱と陣取而有。家康信康は野田へうつらせ給ひて有。城けんごにもち給へ。三日之內に御うんをひらかせ給ふべしと、此由を奧平作州と、同九八郞殿と、親子の人へよく申せと云ひければ、却つて敵のつよみを云やつなれば、はやくとゞめをさせとて、とゞめをぞさしける。