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가쓰요리의 퇴각과 고미야마 나이젠의 수행편집 표제

28 · 870자 ·편집 단락

さてまた天正十年壬午之春、木曾勝賴へ手がはりをして、信長を引ければ、信長親子は高遠へ御出馬有りて、高とうの城を責取給ふ。勝賴はすはへ御出馬有けるが、高遠の落城之由を聞召而、すはよりかい之國へ引入り給へば、はや御普代之衆もこと〲く、おちちりてなかりければ、いかゞせんと思召處に、有合衆も御供をせんか、何とせんとてさゝめきけり。小宮山內前はおくにて召つかわれ申せ共、御意にそむきて有ける。小山田將監も內前と兩天成が、是はかわらずしゆつとう成けるが、勝賴を見捨て奉りて早落行く。其時小宮山弟に申けるは、我は御勘氣をかうむると申共、我先祖御代々へ御無沙汰なき筋め之者なれば、此度御供申而腹をきるべきと申ければ、弟之又七郞も、我も是非共に御供せんと申せば、內前申樣は、勝賴之御情忝なくて御供申にあらばこそ、我がせんぞの御忠節、又は御普代之筋めなれば、祖父、親、先祖の名をくたさじとのためにお供を申成。汝は命ながらへて、親をかこち、又は我等が女子をかこちて、骸のうへのはぢをかゝざる樣に賴入成とて、親又は女子を弟にあづけおきて、勝賴の御前に參、我は日比御勘氣をかうむるとは申せ共、是非共御供可仕、御ゆるされ給へ。然とは申せ共、我等が五しやくにたらざる身をもちかね申たる事之御座候。それをいかにと申に、君之御眼前をちがへじと仕候へば、我が先祖の御忠節又は御普代之御內之者之かいもなし。又先祖の御ちうせつを申立御普代之御主樣之御用立御供を申せば、君之御眼前をちがい申、其をいかにと申上候に、おなじごとくに、召つかはされ候處に、某をば御用にも罷立間敷と思召而、御かんをかうむらせ給ふ。小山田將監には御心をおかれず、御用にもたゝんと思召而、御ひざもと近く召つかわされ申將監は、欠落ち仕候處に、又御用にも罷立間敷と思召候內前めが、御最後に罷出、おそれながら御直談に御勘當御赦免之御わび事を申上而、御供仕而腹をきり申候事は、さて日比の御眼りきはちがい不申哉。然共先祖の御ちうせつを立、御普代之御主樣之御さい後の御供こそ、何よりもつて目出度とて御供をこそしたりけり。