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今川氏親
本文表記 氏親・用山・今川用山氏親
年次不明
- …、今川とて足利尊氏家來、駿河遠江國主有之、號氏親用山當此時三河國相從と云々、此先祖雖有……とて足利尊氏家來、駿河遠江國主有之、號氏親用山當此時三河國相從と云々、此先祖雖有之、……祖雖有之、分明不知之間、不書載之、彼用山被薨て後、其弟花倉善德寺兩所に出家にて被有け……後、其弟花倉善德寺兩所に出家にて被有ける、互に用山之遺跡を心に懸及干戈、然而善德寺に居住之仁……後號治部大夫義元、終討花倉、續用山之跡、此義元駿遠三之三國の以人數尾州へ打越…
- …同道、駿府に令居住給、漸成人之間、義元氏親遺跡之一族關口刑部少輔以女嫁之給、此腹に…
- …、間柄甚不快、兩所共に駿州を賴、殊に古伯は駿州氏親と歌道之朋たり、古伯永正二年、駿河へ下之時、初時……成間、大に付小を捨る故か、田原之爲荷擔、翌年氏親三河へ令出張、吉田を取詰、緊く被攻之間、古……りしに、今又時雨したりければ、古伯一首の歌を詠、氏親へ獻、あいにあいぬ去年も昨日の初時雨定のなきは人…
- …京都伊勢守一族之內早雲と云人、駿河國へ相下、今川用山氏親之父氏輝を賴望關東、先伊豆國へ打入、以計略…
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