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井伊直勝
本文表記 直勝・直之・此人・兵部少輔藤原直勝・右近大夫直繼・井伊兵部少輔直勝・兵部少輔直之
井伊 第四上 · 13
- p009…兵部少輔藤原直勝は、初め右近大夫直繼侍從直政の嫡男なり、始め慶長七年生年十二歲にて…
- p009…兵部少輔藤原直勝は、初め右近大夫直繼侍從直政の嫡男なり、始め慶長七年生年十二歲にて父に繼く、同き九年の春、…
- p009…公せらし時、伊勢本多美濃守美濃松平飛驒守の人々と彼國に向ひ、直勝は留りて上野の城を守る、此人天性身の煩ひ多くして、常に籠居けり、此人父…
- p009…守美濃松平飛驒守の人々と彼國に向ひ、直勝は留りて上野の城を守る、此人天性身の煩ひ多くして、常に籠居けり、此人父にも弟にも生れおとりし…
- p009…、直勝は留りて上野の城を守る、此人天性身の煩ひ多くして、常に籠居けり、此人父にも弟にも生れおとりしかば、大御所の仰にて、病多しとて籠り居ら…
- p010…創業記に直勝家を繼で後、彼家人等相論の事たえず、應長十年大御所伏見より關東に下らせ玉…
- p010…さる、十二年の二月又鈴木が子と西鄕勘兵衞と相論の事起れり、今年三月五日、直勝が母、關東に下る、上野國安中に住むべしと仰下さる、安中は直勝が所領なれば…
- p010…年三月五日、直勝が母、關東に下る、上野國安中に住むべしと仰下さる、安中は直勝が所領なればなり、十四年の冬、上總介殿に近江國まゐらせられ、澤山の城に住…
- p010…なり、十四年の冬、上總介殿に近江國まゐらせられ、澤山の城に住せ玉ふべし、直勝は信濃國河中島に移るべしと聞えしが、終に其事はやみぬと云云、…
- p011…十九年の冬、大坂の兵起る直勝病に臥ければ、舍弟掃部頭直孝、兄が代官として、軍勢引倶して向ふ、此年將軍…
- p011…り、上野の國に引こもりて、安中の城に住む、みづからは三万石を領す、直勝卒して年月を詳にせず其子兵部少輔直久つぐ、正保二年正月十一日に參河…
- p014…番の頭となされ、同き十八年伏見の城を守る、十九年冬大坂の兵起りしに、兄の直勝病に臥す、大御所の仰を受け給り、直孝兄の代官として、軍勢を率して城をせむ…
- p015…「此とき直孝は淚を流して、兄にて候ふ直勝、年頃病ひに犯され、軍國の務にたえず、然りとは申せども、大御所むかし父に…
大久保 第四中 · 1
- p009…犯す、其罪殊に輕からず、先づ忠隣が身は、其所領を收め、近江の地に移され、井伊兵部少輔直勝に預られ訖んぬ、子息右京亮、同主膳正二人、酒井備後守忠利を預人として、武…
鳥居 第四中 · 4
- p003…强ちに止め申せし事は、舊き恨ありての故なりけり、忠政が娘は、掃部頭が兄の兵部少輔直之が妻なりき、直之天性愚がなる人なりしかば、或とき戯れに刀をぬき、妻の面に…本文 直之(井伊直勝の初名 直継 系列の表記)
- p003…き恨ありての故なりけり、忠政が娘は、掃部頭が兄の兵部少輔直之が妻なりき、直之天性愚がなる人なりしかば、或とき戯れに刀をぬき、妻の面に疵を付けたり、忠…
- p003…人なりしかば、或とき戯れに刀をぬき、妻の面に疵を付けたり、忠政大に怒て、直之がおろかなるは、天下の人知れる所なれば、日比は、とてもかくてもありなん、…
- p003…は、とてもかくてもありなん、かゝる仕業こそ安からねと、彼妻を奪ひ返へす、直之は如何なる事とも思はざりしかど、弟の直孝憤りて、又取返りさんとせしに、忠…
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