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保科正貞
本文表記 正貞・彈正忠源正貞・保科甚四郞正貞・保科彈正
保科 第一 · 5
- p004…彈正忠源正貞は、正直が三男、德川殿の御外甥なり、元和元年の夏大坂の兵再ひ起りし時、本…
- p004…り、若黨一人雜人二人連て立ちたる男あり、忠朝を迎へて、笠ねき捨て、これは保科甚四郞正貞候、兄が勘氣かうむり、軍に具せず候ほどに、忍びて馳上て候、わどのゝ勢に加…
- p004…、いざさせ玉へと、打つれて上り、足輕十人附たり、五月七日天王寺の合戰に、正貞眞先にすゝみ、小笠原信濃守に言葉をかはし、先を懸く、忽に大事の手三个所ま…
- p004…先を懸く、忽に大事の手三个所まで負て、馬より落つ、郞等かたきを追はらひ、正貞を肩に引かけ退かんとするに、又起直り、鎗取て、敵を突伏せ、おのれもまた鎗…
- p004…もまた鎗に貫かれて倒れたり、小笠原が軍兵あまた敵の陣にかけ入しに紛れて、正貞が首取るかたきもなく、終に郞等にたすけられて引返す、辛うじて命いきたり、…
小出 第十上 · 1
- p007…理亮吉重、父が讓を受け舍弟等に所領を分つ、吉英か二男縫殿二千石是は後に保科彈正が世嗣と成て主水と云、三男宮内二千石四男主殿千石、嫡男修理亮が領す…
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