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天野康景
本文表記 康景・天野三郞兵衞康景・天野三郞兵衞・三郞兵衞尉藤原康景・三郞兵衞尉康景・又五郞・天野
本多 第四上 · 2
高力 第十一 · 1
- p001…の事を治めらる、清長第一に選ひ出されて其職に任じけり、本多作左衛門重次天野三郞兵衞康景と共に三人去程に遠江國の住人久野三郞左衞門宗能が籠つたる久野の城と申は…
天野 第十一 · 29
- p001…三郞兵衞尉藤原康景は、天野藤內遠景が末孫、三河國の住人甚右衞門尉某が男也、初め岡崎贈大納言…
- p003…御供の人々只あきれに呆れ果てゝ、互に目と目を見合せて如何にも思ひ分かず、三郞兵衞尉康景、此時は又五郞と申て年纔か十一歲、初め御船より上がらせ給ひし時、郞等を密…
- p003…れ果てゝ、互に目と目を見合せて如何にも思ひ分かず、三郞兵衞尉康景、此時は又五郞と申て年纔か十一歲、初め御船より上がらせ給ひし時、郞等を密かに近付けて、…
- p003…信秀が三男三郞五郞信廣を虜にして德川殿と取替て、駿河國に迎へ參らせしに、康景又御供しぬ、甚右衞門尉は岡崎に留つて守る弘治二年二月德川殿御軍始の時、康…
- p003…景又御供しぬ、甚右衞門尉は岡崎に留つて守る弘治二年二月德川殿御軍始の時、康景父子隨ひ參らせ、程なく又駿河の國府に歸らせ給ひしに、康景猶御供に侍ふ、甚…
- p003…川殿御軍始の時、康景父子隨ひ參らせ、程なく又駿河の國府に歸らせ給ひしに、康景猶御供に侍ふ、甚右衞門尉は石川本多と打連れて駿河國に至り、德川殿御歸國の…
- p003…後守が傳合せ見るべし大高鷲津丸根の戰を初として、小田原陣に至るまて、康景が高名數ふるに暇あらず、三河國悉く御手に屬せし時永祿八年二月七日、始て奉…
- p003…暇あらず、三河國悉く御手に屬せし時永祿八年二月七日、始て奉行職を置かる、康景高力與左衞門尉清長、本多作左衞門尉重次と三人、同じく其職に任ぜらる、德川…
- p003…の心ひとしからず、されば當時卑しき者共の諺に、佛高力鬼作左どちへんなしの天野三郞兵衞といひしなり、想ふにこの康景寬猛の間に夾りて、寛を濟ひ猛を濟ひ、偏ならず…
- p003…共の諺に、佛高力鬼作左どちへんなしの天野三郞兵衞といひしなり、想ふにこの康景寬猛の間に夾りて、寛を濟ひ猛を濟ひ、偏ならず頗ならずして政平かなりき、た…
- p003…き、神智の程とかう申に及はず、國よく治りて後に天下平になりぬ、創業の功、康景等が輔け少からず…
- p004…天正三年正月十七日の夜、康景が下部女の夢に、歌の上の句見たりしを、明る十八日の朝、康景聞てめでたき夢…
- p004…月十七日の夜、康景が下部女の夢に、歌の上の句見たりしを、明る十八日の朝、康景聞てめでたき夢なりと思ひければ、この由を德川殿に申す、此月の廿日は、當家…
- p004…先に五千石の地を領す、何れの地と云ふこと定かならず同き十二年三月九日康景忽に興國寺の城を去て逐電し訖んぬ、其故を尋るに、康景家作らせん料に竹木切…
- p004…同き十二年三月九日康景忽に興國寺の城を去て逐電し訖んぬ、其故を尋るに、康景家作らせん料に竹木切らせ貯へしに、夜每に盜人の爲に取れしかば、足輕の兵少…
- p004…姓等にぞありける、此內疵蒙れる者一人を出して、所の代官井出甚助に訴へて、康景が足輕の兵と口論に及ぶことありしに、忽に刄傷せられぬと申す、井出この由を…
- p004…輕の兵と口論に及ぶことありしに、忽に刄傷せられぬと申す、井出この由を聞て康景が許に使立てゝ、御領の民たらん者を恣に誅せんとする條、其科輕からず、かの…
- p004…ん者を恣に誅せんとする條、其科輕からず、かの下手人を屹度給るべしといふ、康景彼使に向ひ凡そ盜賊を殺すの條、これ古今の定格なり、彼時多くの盜人むらがり…
- p004…そ盜賊を殺すの條、これ古今の定格なり、彼時多くの盜人むらがり來るに至て、康景が番の兵無勢なるが故に、一人をだにも或は捕へ或は誅せず、わづかに刄傷に及…
- p004…捕へ或は誅せず、わづかに刄傷に及ふ條頗る無念の至也、又かの盜賊の來る時、康景が兵いかで御領の百姓等とは知るべき、たとへ御領の民ならんにも、公に盜を行…
- p004…はんに豈これを禁ずる事を得ざらんや、初め盜賊の毎夜來て竹木を盜むに因て、康景命して守らしむる事、彼が來らん時追捕せしむべき爲なり、其力に叶ふべからざ…
- p004…らんには、殺傷に及ばんこと勿論なり、されば彼兵が盜を刄傷せしこと、固より康景が命に依る、然るに今かれを下手人として參らすべきこと思ひもよらずと返答す…
- p004…より駿河に歸らせ給ふ時、かの疵蒙れる民、三嶋の邊に出向つて、某はしたなく康景が足輕の兵と口論に及ひ、忽に刄傷せられ訖んぬ、御代官康景が許に使立てゝ下…
- p004…て、某はしたなく康景が足輕の兵と口論に及ひ、忽に刄傷せられ訖んぬ、御代官康景が許に使立てゝ下手人を乞はるゝに至て、却盜と稱せらる、謹て御裁斷を仰く所…
- p004…箇所あり、是は逃け走る所を斬られ畢んぬと稱す、國府に歸り入せ給ふに及で、天野井出を召决せらるゝに、一人は鬪諍と稱し一人は劫盜と稱す、大御所康景は非據…
- p004…及で、天野井出を召决せらるゝに、一人は鬪諍と稱し一人は劫盜と稱す、大御所康景は非據を論すべき者にあらず、如何さまにも訴ふる者の僞る所にやと思召ければ…
- p004…ければ、御糺明、後日にあるべしと仰せ下さる本多上野介正純、内々の仰を承て康景が許に行き向ひ、彼れ土民なりといへども公の民なり、和殿が兵は私の人なり、…
- p004…きやうやある、まげて下手人を參らせん事こそ、あらまほしけれと云ひければ、康景直きをまげて、曲れるに隨はん事、素懷にあらず、康景が兵卑賤の奴原なりとい…
- p004…ほしけれと云ひければ、康景直きをまげて、曲れるに隨はん事、素懷にあらず、康景が兵卑賤の奴原なりといへども、其罪にあらずして、かれを抂て殺さんより、ゑ…
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