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安藤重長
本文表記 重長・右京進重長・安藤對馬守重長・安藤右京進重長
內藤 第四中 · 1
- p001…、大剛の兵、强弓の手利、甲陽軍鑑等の諸記に見えし高名數ふるに暇なし、安藤右京進重長も、實は此人の孫なり、三男仁兵衞忠政なり、忠政天性身のいたはり多して、…
安藤 第五 · 19
- p003…勢を引ぐして上洛す、明年又兵起し時、將軍の御陣の後に陣し、手の者をば息男重長に下知させ、其身は常に御陣にあり、五月七日の戰に、御勢を下知して戰ひ、城…
- p003…とも沙汰して上洛す、元和五年福島が國除かれし時、重信また御使を承り、息男重長と共に安藝國に向ふ、此年上野國高崎の城を給つて、五万石同き七年六月…
- p003…高崎の城を給つて、五万石同き七年六月廿九日六十五歲にして卒す、其男右京進重長家を繼く、重長實は本多藤四郞某が男とぞ聞えける、大坂の城落し時、父が手の…
- p003…五万石同き七年六月廿九日六十五歲にして卒す、其男右京進重長家を繼く、重長實は本多藤四郞某が男とぞ聞えける、大坂の城落し時、父が手の者に下知して戰…
- p003…家つきし後の事にや、役人系圖を按ずるに大猷院樣御書院番五組の頭の中に、右京進重長見えたり、寛永九年十月駿河大納言忠長卿、罪蒙らせ給ひ、重長を以て預人に…
- p003…中に、右京進重長見えたり、寛永九年十月駿河大納言忠長卿、罪蒙らせ給ひ、重長を以て預人になさる、明れば十年十二月六日、忠長卿、高崎の城にして失せ玉ひ…
- p004…城に渡らせ玉ふ、明る十年九月、阿部對馬守重次、將軍家の御使として、行向ひ右京進重長に逢て、御使の旨を傳ふ、駿河殿、初罪宥られ玉ひ、重長に召預けらるゝ事既に…
- p004…として、行向ひ右京進重長に逢て、御使の旨を傳ふ、駿河殿、初罪宥られ玉ひ、重長に召預けらるゝ事既に終んぬ、されども猶御心改らせ給はず、よからぬ御振舞ひ…
- p004…めさせ玉はん事は、さすがに親しき御中なり、如何でか仰も出さるべき、此上は重長如何にも計らひて、彼の御心より起りて、御自害あらん樣に仕るべき者なりとの…
- p004…計らひて、彼の御心より起りて、御自害あらん樣に仕るべき者なりとのべたり、重長畏り承り、暫しは、ものをも云はず、やゝありて後重次に向ひ、重長かゝる仰を…
- p004…のべたり、重長畏り承り、暫しは、ものをも云はず、やゝありて後重次に向ひ、重長かゝる仰を蒙る事、尤も不幸の至なり、さりながら、などか仰をば背き候べき、…
- p004…重次苟も執政の事に加る身として、此御使を承る、何をか疑ひ玉ふべきといふ、重長重て重長が申所、わ殿を疑ひ參らするにもあらず、まして仰を輕んじ奉るにも候…
- p004…執政の事に加る身として、此御使を承る、何をか疑ひ玉ふべきといふ、重長重て重長が申所、わ殿を疑ひ參らするにもあらず、まして仰を輕んじ奉るにも候はず、そ…
- p004…の例に准し難し、されば執政の重臣、仰を傳へ給ふとも、口づから述られん事は重長たやすく領掌に及ぶべからず、只願くは、御筆を染られて下し給るべきよしを、…
- p004…を申す、やがて自から御筆を染められし御敎書を帶して、これを渡す、さてこそ重長領掌をば、してんけれ、かくて月を越て後、十二月六日の朝に至りて、重長大納…
- p004…こそ重長領掌をば、してんけれ、かくて月を越て後、十二月六日の朝に至りて、重長大納言殿のわたらせ給ふ所を守る侍に下知して、殿のおはします庭に、緣の間少…
- p004…結びわたす、殿みづから御出ありて、何故にかくはするぞと尋ねさせ玉ひしに、重長が侍、畏りて、公よりの仰にや候はん、精き事は存ぜず候と申す、障子引建て入…
- p004…など、世には傳へぬ、詳なる事をば誰か知るべき、もし此等の事誠ならんには、重長が申せし言葉、今又一月を越ん程を待て、其後御心つかせ玉ふやうに計らひしは…
- p004…今の世誰かかゝる仰うけて、一月をこえん程を、その事となく打過ぐべき、誠に重長はゆゝしき人にこそ、…
駿河殿 第十一 · 2
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