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少弐氏
本文表記 少貳・太宰の少貳・太宰少貳
鍋島 第八上 · 3
宗 第十上 · 7
- p001…寛元四年に對馬の國に押し渡て國人阿比留を討つて、終に當國の地頭となつて、太宰の少貳に屬す、是れ此家の對馬を領せし始とす其子右馬七郞助國繼く、文永十一…
- p005…に討たれ給ひし後、赤松誅伐あるべしとて諸國の軍勢を召さる、太宰少貳嘉賴少貳の系圖には賴興と云催促に隨はず、大內介持世御敎書を賜て、少貳を追討す…
- p006…古より筑前肥前豐前壹岐對馬は少貳が守護の國にて、これを三前二嶋と云ふ、又宗が家は世々彼が被官たればなり…
- p007…れて討れ死す、文明元年大內介政弘が山名宗全入道に與みせしに因て、慈照院殿少貳に仰せて大內介を伐たせらる、讃岐守貞國大に悅ひ、軍勢を催し敎賴が男賴忠を…
- p007…を催し敎賴が男賴忠を具して、太宰府に押渡り、終に三前二嶋を討ち隨へ、再ひ少貳が家を興し、軍兵を止め置て博多の津を守らせて本國にぞ歸りける、…
- p008…利なくして、軍勢を博多に止め守らせて、我身は本國に歸りしなり、○按ずるに少貳の系圖幷に九國の事記せし諸記に、敎賴が子政資とのみ錄して賴忠と云ふ者を見…
- p009…軍家になげき申しければ、惠林院殿の仰として資元肥前守になされたり、されば少貳が滅びし事、再度に及ひしに昔の契を違へずして、二度まて彼家を起せしこと、…
松浦 第十上 · 2
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