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徳永寿昌
本文表記 入道・石見守・德永入道壽昌・石見入道壽昌
有馬 第七上 · 1
- p001…賜ひしと見えたり、年老いて後入道し、兵部卿法印になさる、金森入道素玄、德永入道壽昌、これら三人は、當時の故老たるに依つて、殿下御相伴衆の隨一にて、世人三法…
德永 第十二下 · 17
- p001…石見入道壽昌は初め越前の守護柴田修理亮勝家が猶子伊賀守勝豐が家の老なり、勝豐は勝家…
- p001…にて養子たり勝家勝豐年ころ其間快からず、羽柴柴田の軍起るに及で、秀吉石見守等を召て其主人伊賀守が許に使として、味方に與みすべきよしを云ひ送らる、勝…
- p001…年四月勝豐病甚しく醫療を加へんとて、おのが守る本山の要害を去て都に登る、石見守等勝豐が軍勢引具し秀吉の陣に馳せ加る、志津が嶽の合戰敗れて後、勝家終に亡…
- p001…勢引具し秀吉の陣に馳せ加る、志津が嶽の合戰敗れて後、勝家終に亡びにけり、石見守この後秀吉の御家人になされ、入道ののち式部卿法印になされ、美濃國松木の城…
- p001…嶽の合戰敗れて後、勝家終に亡びにけり、石見守この後秀吉の御家人になされ、入道ののち式部卿法印になされ、美濃國松木の城を領してけり、二万石又三万石…
- p001…陣に馳せ集り、福嶋左衞門大夫正則最初に御方に組し參らす可きよし申すにぞ、入道遙かの末座より進み出て、人その數にはあらねども入道も正則の議に同じく侍る…
- p001…らす可きよし申すにぞ、入道遙かの末座より進み出て、人その數にはあらねども入道も正則の議に同じく侍ると云ひしにぞ、人々皆一同に組みしてける、かくて先陣…
- p001…し二百餘人にて立籠れり東國の味方に參るべき由を云はせければ、高木聞て入道の御芳志悅ひ入りぬ、某わづかなる勢を以て此城に籠り、東國の多勢と戰はんこ…
- p001…、彼が返り聞かんも餘りに穩便にや候べき、一攻せめて御覽あれとぞ答へける、入道聞て仰せ承りぬ、さらば入道その城に押寄せ、攻め厭みたる樣にて引返し、重て…
- p001…便にや候べき、一攻せめて御覽あれとぞ答へける、入道聞て仰せ承りぬ、さらば入道その城に押寄せ、攻め厭みたる樣にて引返し、重て福嶋が加勢乞うて押寄せん時…
- p001…て渡さるべうもや候ふ、互に放たん鐵砲に鉛彈をば込めで候べきとぞ約したる、入道古兵にて若し此事かねてより味方に知らせたらんには、敵の方に漏れ聞ゆる事も…
- p001…、家子郞等にも深く隱し、八月十九日に追手搦手二手に分れて高洲の城に向ふ、入道味方に向て聊か思ふ所あれば、けふは遠攻にせんずるなり、敵うち出づる事あり…
- p001…向て聊か思ふ所あれば、けふは遠攻にせんずるなり、敵うち出づる事ありとも、入道が下知なからんには、戰を决すべからずと掟す、早雄の若者共かほどの城攻め落…
- p001…す、西の城戶に向ひたる寄手、既に城中に攻め入る、高木大音揚けて、につくし入道めにたばかられぬるこそ安からね、一人も洩さず討ち取れと云ふまゝに、矢頃は…
- p001…るゝもの少からず、城の兵切先を揃へて切て出づ、寄手散々に戰なつて引返す、入道大に怒て鞭鐙を合せ馳せ來り、敵味方を制し互に戰をぞ止めける、城中にも侍二…
- p001…四十餘人討たれしかば、高木も今は是迄なりと川舟に取乘て落ち行けば、城をば入道取てけり、德川殿美濃國に攻め入らせ給ひしかば、入道市橋下總守横井兄…
- p001…乘て落ち行けば、城をば入道取てけり、德川殿美濃國に攻め入らせ給ひしかば、入道市橋下總守横井兄弟等と尾張の國の住人子孫今に尾張家にあり…
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