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木下勝俊
本文表記 勝俊・此人・若狭守勝俊・天哉翁・宰相・長嘯子
木下 第十上 · 12
- p001…せ給ふに依て、入道の後、二位の法印に任す、此人多くの男子あり、嫡男少將兼若狭守勝俊、二男宮内少輔利房、三男右衞門大夫延俊、四男信濃守俊定は早世す、五男金吾…
- p001…男信濃守俊定は早世す、五男金吾中納言秀秋、六男出雲守某とぞ申しける、嫡男勝俊、太閤の御時若狹國を賜ふ、九万石慶長五年の秋、大坂の奉行等軍起して…
- p001…て、伏見の城に止りし德川殿の御家人等、攻むべしとて旣に討手を差向く、此時勝俊秀賴の仰として、兼て伏見の城の留守として本城に在り、勝俊心に思ひけるは、…
- p001…手を差向く、此時勝俊秀賴の仰として、兼て伏見の城の留守として本城に在り、勝俊心に思ひけるは、秀賴誠は政所の御子にあらずと云へども、我既に叔父の親みな…
- p001…る、天下忽に德川殿に歸せし後、自ら所領の地失て、東山の邊に幽なる棲居し、天哉翁と號しつゝ一生をぞ終られける、此人和歌の道にすきて、詠める歌秀逸多く、其…
- p001…領の地失て、東山の邊に幽なる棲居し、天哉翁と號しつゝ一生をぞ終られける、此人和歌の道にすきて、詠める歌秀逸多く、其集今も世に在て、皆人此を傳へけり、…
- p001…二人ながら德川殿の御恩に預る、肥後の入道が卒せし後、德川殿彼が所領の地、勝俊利房兄弟に分ち賜ふ、然るに政所勝俊を、あながちに憐み思ひ給ひ、父の所領悉…
- p001…の入道が卒せし後、德川殿彼が所領の地、勝俊利房兄弟に分ち賜ふ、然るに政所勝俊を、あながちに憐み思ひ給ひ、父の所領悉く勝俊に知行させんとて、利房には與…
- p001…房兄弟に分ち賜ふ、然るに政所勝俊を、あながちに憐み思ひ給ひ、父の所領悉く勝俊に知行させんとて、利房には與へられず、大御所此由を聞召し御氣色宜からず、…
- p002…勝俊は松平七郞殿の御舅なれば、關東にも疎からぬ御事に思召されしかど、此時又所…
- p003…罪をば宥められ、所領をば沒收せらる、父の入道卒せし後、其遺領を分ち、舍兄勝俊幷に利房に下し賜ふ、政所偏に勝俊にのみ與へんとて、利房には分たれず、德川…
- p003…る、父の入道卒せし後、其遺領を分ち、舍兄勝俊幷に利房に下し賜ふ、政所偏に勝俊にのみ與へんとて、利房には分たれず、德川殿怒らせ給ひて終に彼の遺領をも收…
金吾 第十二上 · 5
- p007…て候と申さる、政所聞召して大坂の兵伏見の城攻めらるべしと聞ゆ、和君が兄の宰相これ勝俊の事なり後に長嘯子と申しき木下の傳に此人の事詳なり內…
- p007…る、政所聞召して大坂の兵伏見の城攻めらるべしと聞ゆ、和君が兄の宰相これ勝俊の事なり後に長嘯子と申しき木下の傳に此人の事詳なり內府の兵と共…
- p007…坂の兵伏見の城攻めらるべしと聞ゆ、和君が兄の宰相これ勝俊の事なり後に長嘯子と申しき木下の傳に此人の事詳なり內府の兵と共に彼城にあり、和君も…
- p007…ゆ、和君が兄の宰相これ勝俊の事なり後に長嘯子と申しき木下の傳に此人の事詳なり內府の兵と共に彼城にあり、和君も大坂の兵と同じくかの城を攻め…
- p007…獨り奉行等と中違ひして、爰にて軍起さんこと然るべからずとて返し給ひしに、勝俊伏見の城を出づ、秀秋この上は伏見の城に入て東國の御勢と共に立籠り內府を待…
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