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蒲生賢秀
本文表記 賢秀・左兵衞大夫賢秀・蒲生左兵衞大夫賢秀・蒲生
蒲生 第十二上 · 8
- p003…夫高鄕、甥の秀紀を滅して其所領を合はす、高鄕が男下野守定秀父に繼ぐ、其子左兵衞大夫賢秀、これ參議氏鄕の父なりけり、初め賢秀家を繼きて後、主人近江國の守護佐々木…
- p003…男下野守定秀父に繼ぐ、其子左兵衞大夫賢秀、これ參議氏鄕の父なりけり、初め賢秀家を繼きて後、主人近江國の守護佐々木左京大夫義賢入道承禎父子、織田殿の爲…
- p003…、主人近江國の守護佐々木左京大夫義賢入道承禎父子、織田殿の爲に滅されぬ、賢秀おのが城日野に立籠り寄手を待つて討死せんとす、こゝに伊勢の國の住人神戶藏…
- p003…野に立籠り寄手を待つて討死せんとす、こゝに伊勢の國の住人神戶藏人大夫は、賢秀が妹に添ふたりければ、累代の家忽に滅びん事を哀み、織田殿に申て日野の城に…
- p003…累代の家忽に滅びん事を哀み、織田殿に申て日野の城に行き向ひ樣々に敎訓し、賢秀具して信長の御陣に參る、此時氏鄕歲僅に十三にて、鶴千代丸と申せしが、父と…
- p003…て日野の城にぞ歸されける、天正十年六月二日織田殿父子都にて失せ給ひし時、左兵衞大夫賢秀、安土の城の留守として忠三郞氏鄕は日野の城にあり、氏鄕信長の御事を聞て手…
- p003…たる馬百疋駄馬二百疋を從へて、其夜腰越まで馳せ參り、先づ案內を通ず、父の賢秀大に悅び織田殿の御臺所公達姫君を始とし、女房達に至るまで、悉くに引具して…
- p003…千石の地といふ羽柴柴田が軍起りし時、父子秀吉に與みす、秀吉大に悅ひて賢秀が娘迎へて妻とす、これ後に三條殿と申せし御事なり、氏鄕の妹なり柴田…
關 第十二下 · 5
- p001…に織田殿、三男三七信孝して神戶が家つがせ、神戶夫婦を召捕て、近江國の住人蒲生左兵衞大夫賢秀に預けらる、幾程なくて關も信孝に無禮あらはすのみならず、昔佐々木の六角と…
- p001…らはすのみならず、昔佐々木の六角と心を合せ、信長に背きし事ありとて、是も蒲生に預けらる、盛信頓て入道して萬鐵齋と號す、天正十年の春信長、三七信孝を大…
- p001…、入道この議に同じて頓て山より呼下し、男になし右兵衞佐一政と名のらせて、蒲生左兵衞大夫賢秀が婿にこそなしてけれ、三七殿失せ給ひしのち、右兵衞佐北畠殿に組みしければ…
- p001…龜山の城に立籠る、万銕齋入道父子都に上るに及ばず、路次より近江の國に趣き蒲生を賴み秀吉の加勢乞て、龜山の城を攻め落す、秀吉城をば賢秀が男忠三郞氏鄕に…
- p001…り近江の國に趣き蒲生を賴み秀吉の加勢乞て、龜山の城を攻め落す、秀吉城をば賢秀が男忠三郞氏鄕に賜ふ、氏鄕畏て累代傳領の地失はしむる事不便なり、哀れ右兵…
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