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遠江小山城
本文表記 小山の城・遠江國小山の城・小山
酒井 第四上 · 4
- p007…諏訪の原の城、終におちぬ、遠江にあり、今年六月より攻られしなり、又小山の城攻むべしと議せらる、忠次諫め參らせて、武田が城既に落ちぬ、此後所々皆かく…
- p007…はんこと謀にあらずと申す、松井左近忠次後に松平周防守康親進み出て、小山の城せめられんに、何條の事か有べき、四郞が後卷叶ふ可らず、今年長篠の合戰に、…
- p007…ほど此方に向ひ軍せん事、思ひもよらずと申す、此上は忠次强て諫申に及はず、小山の城をせめらる、四郞勝賴是を聞て、甲斐信濃上野の軍勢、生殘りたる者共に、長篠…
- p007…弟などの僧となり商となりし者を、盡くかり催し、都合其勢二萬餘をひきゐて、小山の城の後卷す、御方の人々、左衞門尉が云ひし如く、武田また打出たりとて、引返さ…
本多 第四上 · 1
- p006…創業記考異にいづ、他書に見る所なし、今年六月、高明の城を降し、八月小山の城を攻む、同六年三月駿河國に向ひ玉ひし時、忠勝仰を承て、遠目口を越て、駿府…
戶田 第四下 · 1
- p001…五月六日の戰は、吉田の城外はじかみ原にての事なり、また天正三年八月遠江國小山の城を攻られし時、武田四郞、二万餘騎を引率し、後卷すと聞えしかば、引返させ玉…
松平(松井) 第四下 · 2
高力 第十一 · 1
- p003…篠の合戰に首切て參らす、武田か侍興津十郞兵衞が首とりしなり此年小山の城を攻めらる、武田四郞うしろ卷きす、岡崎三郞殿後陣を望ませ給て引て歸らせ給…
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