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鳥居忠政
本文表記 忠政・鳥居左京亮忠政・新太郞忠政・鳥居左京亮・左京亮平忠政・新太郞・左京亮忠政・鳥居
越前 第一 · 1
- p002…て、淸水今村遠流に處せられ、今村は奧州伊達政宗に預けられ、淸水は岩城鳥居左京亮に預らる彼國務、伊豆守富正たすくべき由を仰下さる、十八年の三月訴人再ひ…
鳥居 第四中 · 31
- p001…左京亮平忠政は、伊賀守忠吉が孫、彥右衞門元忠が嫡子なり、紀伊國熊野庄の地頭鳥居法眼が…
- p001…て當國を鎭めらる、同十二年小牧の軍ありし時、元忠留まりて甲斐を守り、嫡子新太郞忠政を御陣に參らす、忠政此年十九歲にして軍始し、みづから敵の首取つて獻ず、明…
- p001…小牧の軍ありし時、元忠留まりて甲斐を守り、嫡子新太郞忠政を御陣に參らす、忠政此年十九歲にして軍始し、みづから敵の首取つて獻ず、明くれば十三年閏八月、…
- p001…き事叶べからず、あはれ御免を蒙るべしと辭し申す、其後又關白殿、元忠が嫡子新太郞忠政を以て、羽柴下總守雄利が女に配させて、其養子となし、召仕るべしとありしに…
- p001…公仕るべき者に候はずと申、秀吉鳥居が申所、其謂ありとて、雄利が女を以て、新太郞が妻と成さる、初め元忠が若き時、德川殿御筆を染られて、其戰功を賞せらるべ…
- p001…け深かりしかば、窃かに彼首盜取て、知恩院の內なる長源院にて葬りけり、子息新太郞忠政久五郞成次等は、宇都宮の御陣に侍ひしを、忠政をば此所に留めて景勝が兵を防…
- p001…源院にて葬りけり、子息新太郞忠政久五郞成次等は、宇都宮の御陣に侍ひしを、忠政をば此所に留めて景勝が兵を防かせられ、成次をば上方の御陣に召具せらる、東…
- p001…が兵を防かせられ、成次をば上方の御陣に召具せらる、東西盡く平きしに至て、忠政父が遺領を給ひ、四万石叙爵して、左京亮になされ、同七年多くの地を附…
- p001…亮になされ、同七年多くの地を附けて、奧州岩城の城を給る、十万石斯て忠政その父の爲に、一寺を新恩の地に建立して、長源寺と號す、是は元忠が法名…
- p001…石を加へて賜り都て十二万石あり、大坂前後の戰に、當家譜代の大名には、忠政獨り關東に留められ、若君を守護しまゐらせ、宇都宮會津の軍勢、彼の下知に隨…
- p001…此時酒井宮內少輔、戶澤右京亮、松平丹後守等、奧羽の地に移さる、これは皆忠政が親族たるが故なり、一說に、寛永三年羽州寒河江二万石の地を加賜て、…
- p002…むかし忠政が父元忠を打たりし雜賀孫市重次は其後水戶中納言家にぞ侍らひげる、ある時、…
- p002…雜賀孫市重次は其後水戶中納言家にぞ侍らひげる、ある時、重次中だちをもて、忠政が許へ云ひ送りけるは、重次むかし元忠の御最期に參りあひ其時の御物具を家に…
- p002…傳へ訖んぬ、先考の御形見に御覽せんために返し參らせたくこそ存ずれといふ、忠政大きに悅び、なからん父が形見、これに過べからず、給て一目見候ばやと答ふ、…
- p002…これに過べからず、給て一目見候ばやと答ふ、重次みづから携て、彼館に向ふ、忠政門外に出迎て、重次を奧の居間へ請ず、亡父に再ひ對面の心地し侍るとて、淚を…
- p002…御芳志に依て、父が最期に帶せし物具、再ひ見て侍る事、返す返すも悅び候ひぬ忠政が家に傳へし、父が形見に見るべき者猶少からず、見苦うは候へども、此物具重…
- p002…入たる衣四五領、使者にて持たせ、遙々と常陸國に送り遣し、音信を通ずる事、忠政一期の程、終に怠らず、水戶殿此由を聞召大に感じ玉ひ、年毎に忠政が使者の來…
- p002…通ずる事、忠政一期の程、終に怠らず、水戶殿此由を聞召大に感じ玉ひ、年毎に忠政が使者の來るべき期に臨ては、必す道梁をも修理せさせ、重次にも、客の、まう…
- p003…又世に傳る所、石田が捕はれし時、忠政がためには、父の敵なりとて、忠政に預け下さる、三成いたはる事ありしに、忠…
- p003…又世に傳る所、石田が捕はれし時、忠政がためには、父の敵なりとて、忠政に預け下さる、三成いたはる事ありしに、忠政よきに勞り、小袖したゝめ着せ、…
- p003…政がためには、父の敵なりとて、忠政に預け下さる、三成いたはる事ありしに、忠政よきに勞り、小袖したゝめ着せ、藥餌等おこたらず、三日を過てのち、三成を預…
- p003…は返し奉るべしと申ければ、年若き者心付の程、神妙なりと御感ありしが、此後忠政頻りに御恩加へられ大名とは成されし云ふ此說誤りあり三成を預け給ひしは元忠…
- p003…二男土佐守成次、其頃は久五郞と申せしに預けられしを、斯は申けるなり、此時忠政は宇都宮に留められ、上方へはまゐらず、其嫡子左京亮忠恒、二男戶澤越中守某…
- p003…たりき、○又掃部頭が斯く强ちに止め申せし事は、舊き恨ありての故なりけり、忠政が娘は、掃部頭が兄の兵部少輔直之が妻なりき、直之天性愚がなる人なりしかば…
- p003…之天性愚がなる人なりしかば、或とき戯れに刀をぬき、妻の面に疵を付けたり、忠政大に怒て、直之がおろかなるは、天下の人知れる所なれば、日比は、とてもかく…
- p003…之は如何なる事とも思はざりしかど、弟の直孝憤りて、又取返りさんとせしに、忠政是を返へさず、此事以ての外の騷きとなる、大相國家大に驚き思召す、井伊鳥居…
- p003…の兩家は、殊に當時の重臣なれば、忝けなくも、色々に和け仰せ下さるれども、忠政申す旨ありて、敢て仰にも隨はず、此上はとて、事止みぬ、是よりして、兩家互…
- p004…主膳正平忠春は、左京亮忠政が三男、兄忠恒卒して世嗣なければ、彼家おのづから絕えぬ、爰に忠政が三男あ…
- p004…、左京亮忠政が三男、兄忠恒卒して世嗣なければ、彼家おのづから絕えぬ、爰に忠政が三男ありと聞召し及ばれたり、彼が父祖の功を思召が故に、特に召仕るべしと…
- p007…はじめ、忠政かの四郞右衞門男が志を深く悅び、所領くれん、士になさんといひしかど、御恩…
- p009…仕へ奉る、關が原の御時、山道の御供し、此時石田三成を預け給はりし事、忠政が傳に見ゆ、大坂前後の軍に、先陣を給り、首切る事二百八、甲斐國都留の郡…
永井 第五 · 2
堀 第七上 · 1
- p003…事を辨ふべき、これ直清が所行なりとて、忠俊も罪せられ、奧の岩城に流され、鳥居左京亮忠政に預けられ、直清は出羽國に流され、最上出羽守義光に預けらる、…
戶澤 第九下 · 1
- p003…二千二百石を加へ、合せて六万八千二百石なり政盛男子なかりければ、初め鳥居左京亮忠政が二男を養て子とし、越中守に任す是も世を早くし、又一族千代鶴丸を嗣として…
福嶋 第十二上 · 10
- p011…又或人の申せしは、正則が許へ御使に行き向ひしは鳥居左京亮忠政なり、忠政此仰を承り、おのが家に歸り供人少々引具して彼館に向ふ、供の侍共…
- p011…又或人の申せしは、正則が許へ御使に行き向ひしは鳥居左京亮忠政なり、忠政此仰を承り、おのが家に歸り供人少々引具して彼館に向ふ、供の侍共に申せしは…
- p011…此仰を承り、おのが家に歸り供人少々引具して彼館に向ふ、供の侍共に申せしは忠政思ふ所あれば、たとへ忠政命を落す事ありとも、相搆て汝等戰に及ぶ事ある可ら…
- p011…り供人少々引具して彼館に向ふ、供の侍共に申せしは忠政思ふ所あれば、たとへ忠政命を落す事ありとも、相搆て汝等戰に及ぶ事ある可らずと固く誓はせて行く、正…
- p011…事あり、暫く待ち給へとて內に入る、彼の館のうち殊の外物騒しくなりしかど、忠政は只常の氣色にて彼の出居に居て正則が出來るを待つに、二時ばかりが後、正則…
- p011…二時ばかりが後、正則長袴着して刀をも帶せず、幼き娘の手を携へて出て來り、忠政に打向ひ正則はさしも當家には忠ある者に侍れば、いかなる事ありとも七代が中…
- p011…こそ隨ふべけれ、年來の情に彼等が事よきに賴み參らするにて候と申せしなり、忠政はかく取沈めたる人なりといふ事を承りぬ、此事いぶかし、正則が許への御使牧…
- p011…、正則が許への御使牧野花房たる事、既に其時執政よりの奉書案にも見えたり、忠政が事見る所なし、されども此時に下されし奉書案を見るに、初め津輕の地に徙さ…
- p011…つること旣に六日なり初め下されし奉書を帶して、彼館へ打向ひし人を知らず、忠政この奉書を帶して彼館に行向ひしにや、又其後越後信濃等の國にて所領給はるよ…
- p011…御使と、又信濃の國へ流さるゝ由の御使と、兩度の御使あるべし、是等の御使に忠政行き向ひしにや、かの時を去る事わづかに六十餘年、事の明かならざる事かくの…
富田 第十二下 · 1
- p003…れ、森伊豫守に召預けらる、これ創業記に出つ、一說に奥州岩城に流されて鳥居左京亮に預けらるといふ…
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