f163.p001校訂80L:7–13和泉守源吉次は初め大御所の仰として薩摩守殿に附けらる、慶長十二年の春守殿かくれさせ給ひし夏、關東に召され、下總國佐倉の地を賜ひ二万八千石明れば十三年の秋、常陸國笠間の城を賜て移る、三万石十四年三月故薩摩守殿の家人富永丹波守、同子息父子、戶田加賀守松平攝津守同石見守舊罪顯はれて所帶を收公せらる、又守殿に殉死せし小笠原監物が罪狀も顯はれしかば、彼手に屬せし侍三人誅せらる、かの與黨とぞ聞へし、此月廿六日和泉守又罪かうふり所帶沒收せられ、追却せられ畢んぬ、