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坂崎直盛
본문 표기 左京亮・出羽守・坂崎・主・浮田左京亮・坂崎對馬守・坂崎出羽守・浮田・對馬守・出羽守三宅某・直行
本多 第十一 · 6
- p007…、などか斯くは成り行く、必其故ありぬと覺ゆ、其說また事長ければ略しぬ、○坂崎出羽守が上を恨みまゐらする事ありて、己が宿所に立籠りし時に、執政の人々相議り坂…
- p007…守が上を恨みまゐらする事ありて、己が宿所に立籠りし時に、執政の人々相議り坂崎がおとなが許に奉書下して、汝等が主違犯の罪逃るべからず、汝もし汝が主の家…
- p007…宿所に立籠りし時に、執政の人々相議り坂崎がおとなが許に奉書下して、汝等が主違犯の罪逃るべからず、汝もし汝が主の家絕えざらん事を思はゞ、汝が主勸めて…
- p007…り坂崎がおとなが許に奉書下して、汝等が主違犯の罪逃るべからず、汝もし汝が主の家絕えざらん事を思はゞ、汝が主勸めて自害させよ、さあらんに於ては汝が主…
- p007…汝等が主違犯の罪逃るべからず、汝もし汝が主の家絕えざらん事を思はゞ、汝が主勸めて自害させよ、さあらんに於ては汝が主の世嗣立て給ふべき由を下知すべし…
- p007…主の家絕えざらん事を思はゞ、汝が主勸めて自害させよ、さあらんに於ては汝が主の世嗣立て給ふべき由を下知すべしと議定す、其時上野介人々に向ひ、誠に彼の…
富田 第十二下 · 19
- p004…知高が妻は浮田安心入道が娘、浮田左京亮が妹たり、左京亮後には坂崎對馬守と申せしなり、この左京亮が家に浮田左門と…
- p004…知高が妻は浮田安心入道が娘、浮田左京亮が妹たり、左京亮後には坂崎對馬守と申せしなり、この左京亮が家に浮田左門といふ者あり、知高…
- p004…知高が妻は浮田安心入道が娘、浮田左京亮が妹たり、左京亮後には坂崎對馬守と申せしなり、この左京亮が家に浮田左門といふ者あり、知高が妻にも左京亮に…
- p004…心入道が娘、浮田左京亮が妹たり、左京亮後には坂崎對馬守と申せしなり、この左京亮が家に浮田左門といふ者あり、知高が妻にも左京亮にも甥なりけり、左京亮近く…
- p004…崎對馬守と申せしなり、この左京亮が家に浮田左門といふ者あり、知高が妻にも左京亮にも甥なりけり、左京亮近く召仕ふ小童を彼の左門親しう相語ひけり、初め左京…
- p004…この左京亮が家に浮田左門といふ者あり、知高が妻にも左京亮にも甥なりけり、左京亮近く召仕ふ小童を彼の左門親しう相語ひけり、初め左京亮かの小童罪ありしとて…
- p004…京亮にも甥なりけり、左京亮近く召仕ふ小童を彼の左門親しう相語ひけり、初め左京亮かの小童罪ありしとて侍して打せたり、左門かの小童が仇報はんとて小童うちし…
- p004…入道、左門が誅せられん事を歎き、文かきて左門に持たせ婿の富田が許へ落す、左京亮、富田が許へ使立てゝ左門返し賜はるべしといふ、爰をも逐電し畢んぬと答へし…
- p004…田が許へ使立てゝ左門返し賜はるべしといふ、爰をも逐電し畢んぬと答へしかば左京亮大に怒り富田と刺違へ死なんとて、慶長十年五月自ら安濃津の城に趣く、折ふし…
- p004…へ死なんとて、慶長十年五月自ら安濃津の城に趣く、折ふし富田は伏見にあり、左京亮又伏見に來りて軍せんと犇く、人々是を制しければ左京亮大御所にかくと訴へけ…
- p004…し富田は伏見にあり、左京亮又伏見に來りて軍せんと犇く、人々是を制しければ左京亮大御所にかくと訴へけり、今は天下の事將軍に讓り給ひぬ彼の御裁斷を仰くべし…
- p004…軍に讓り給ひぬ彼の御裁斷を仰くべしと仰せ下されしかば、此年六月十五日富田浮田伏見を立て關東に趣く、兩人が訴ふる所其證なければ御裁斷にも及び難し、其後…
- p004…が訴ふる所其證なければ御裁斷にも及び難し、其後富田は伊豫の國を下し賜り、左京亮は坂崎對馬守と申してけり、かの左門も富田が許に溜りかねて、彼處を忍ひ出で…
- p004…所其證なければ御裁斷にも及び難し、其後富田は伊豫の國を下し賜り、左京亮は坂崎對馬守と申してけり、かの左門も富田が許に溜りかねて、彼處を忍ひ出で高橋右近將監…
- p004…年毎に米三百斛を與ふ、都の商人これを傳へ送る、初め左門と同じく迯け失せし坂崎が侍一人ありけり、心變りして知高が妻の許より、左門に米與ふる由の文を取て…
- p004…侍一人ありけり、心變りして知高が妻の許より、左門に米與ふる由の文を取て、坂崎が許に持ち參て見せたり、對馬守大に悅ひ此文を取りて十八年關東に參る、此時…
- p004…高が妻の許より、左門に米與ふる由の文を取て、坂崎が許に持ち參て見せたり、對馬守大に悅ひ此文を取りて十八年關東に參る、此時大御所も關東に渡らせ給ひしかば…
- p004…年關東に參る、此時大御所も關東に渡らせ給ひしかば、十月八日に將軍家に富田坂崎を召决せらる、坂崎此度は彼文を證としける上は、富田爭ふに辭なく罪を蒙り、…
- p004…大御所も關東に渡らせ給ひしかば、十月八日に將軍家に富田坂崎を召决せらる、坂崎此度は彼文を證としける上は、富田爭ふに辭なく罪を蒙り、高橋も是にぞ坐した…
坂崎 第十二下 · 17
- p001…出羽守三宅某は出羽守が名諸記に見えし所直行成正重長直盛信顯等の異ありて疑しかるが…
- p001…出羽守三宅某は出羽守が名諸記に見えし所直行成正重長直盛信顯等の異ありて疑しかるが故にしるさ…
- p001…三人の男子あり、嫡男直家これ中納言秀家の父なりけり、二男春家三男忠家これ出羽守が父なり、直家が家を興すに及んで、忠家兄が家を輔く、直家卒して其子中納言…
- p001…輔く、直家卒して其子中納言秀家が時に至り、忠家入道して安心とぞ申しける、出羽守初め父と共に秀家に仕へ、浮田左京亮と申す、此時は直行といひしよし或記に…
- p001…が時に至り、忠家入道して安心とぞ申しける、出羽守初め父と共に秀家に仕へ、浮田左京亮と申す、此時は直行といひしよし或記に見ゆ直家が名の字給ひしにや後に彼…
- p001…心とぞ申しける、出羽守初め父と共に秀家に仕へ、浮田左京亮と申す、此時は直行といひしよし或記に見ゆ直家が名の字給ひしにや後に彼家を去て名を改めしも…
- p001…去て名を改めしも知らず慶長四年の冬秀家が家の老共、主を恨むること有つて左京亮を始として、戶川肥後守幷に弟助左衞門花房志摩守幷に息彌左…
- p001…楢村監物等彼の家を去る、明れば五年の夏德川殿奧に向はせ給ひし時、左京亮等御供に從ひ上方の軍起りし後、海道を攻め上る故主中納言秀家は一方の大將軍…
- p001…關が原に立向ひ、東國の先陣と戰て散々にかけ敗られ、行方知れず落ち失せぬ、左京亮は勸賞給て石見の國津和野の城を領す、三万石其後名をも氏をも改て、坂…
- p001…亮は勸賞給て石見の國津和野の城を領す、三万石其後名をも氏をも改て、坂崎對馬守と申し又出羽守に成てけり、大坂の戰に隨てのち、元和三年將軍家を怨み參らす…
- p002…野新宮の住人堀内主水といふ者、御供に侍ひて將軍家の御陣に參らせ給ふ、爰に坂崎は昔宇喜多が家に在りし頃、常に都にさむらひて知れる人多しと聞召され、此君…
- p002…ど聞えさせ給へば、將軍家大に驚せ給ひ此事叶ふべからざりけりと仰せ下さる、出羽守承りて、かぼとに契り置かせ給ひし事を、今いかで叶はぬよしの御使をば仕り候…
- p002…、とかく日數ふるほどに、姫君本多中務少輔忠刻が家に入らせ給ふべしと聞ゆ、坂崎大に恨み參らせて、かくては如何で世の人に再び面を向くべき、よし〱御輿奪ひ…
- p002…在合ふ大名すは事こそ出來たれと、家々に兵を集むること大方ならず、將軍家も出羽守が怨と申す所、其謂れなきにあらずとて、御使度々下されて彼が心を慰めらる、…
- p002…が怨と申す所、其謂れなきにあらずとて、御使度々下されて彼が心を慰めらる、出羽守承り、せんずる所、某が首を刎ねられん後は、とにもかくにも候ひなん、生きて…
- p002…寐ねて在りしを、薙刀取て首刎ねしとぞ聞えける、將軍家以の外に怒らせ給ひ、出羽守が振舞ひ既に反謀にわたりぬといへども、恨み申す所は其謂れなきにあらざるが…
- p002…首切て參らする事こそ無道の至りなれ、まづ彼の家人等大逆の科に處すべし、又出羽守遂に初の謀を改めずして、家人の爲に失はれし上は、今又其家立てさせ給ふべき…
戶川 第十二下 · 1
- p001…岡といふ慶長四年の十月、主從不快の事出來て、達安等秀家が家を去る、浮田左京亮岡越前守花房志摩守等の輩也明れば五年の秋、德川殿奥の會津に御發…
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히