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가문 목록 › 第十二下 › f193

坂崎〔本氏浮田〕

第十二下 · 단락 2 · 780526 71코마 R부터

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이 가문에 자주 나오는 인물·지명

인물 17 7 5 5 4 4 2 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1

지명 2 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1

出羽守三宅某は出羽守が名諸記に見えし所直行成正重長直盛信顯等の異ありて疑しかるが故にしるさず先祖は遠く百濟國より出でたりけり、彼國の人兄弟三人初め兒たりし時、船を浮べて我が國に到り、備前の國にして一つの嶋に止れり、旗幟みな兒といふ字をしるしたれば、その嶋を兒嶋とこそ名付けけれ、其兄弟その後自ら三宅を以て姓となし、宇喜多とも又名のりけり、和泉守能家が時に至り、明應の頃の人と云ふ或人の申せしは宇喜多はもと兒島三郞高德が子孫なるよし慥に見る所ありと云ふ浮田の記に見えざれば略しぬ當國の守護浦上美作守紀則宗が被官として山陽道に名を顯はす、能家が子興家三人の男子あり、嫡男直家これ中納言秀家の父なりけり、二男春家三男忠家これ出羽守が父なり、直家が家を興すに及んで、忠家兄が家を輔く、直家卒して其子中納言秀家が時に至り、忠家入道して安心とぞ申しける、出羽守初め父と共に秀家に仕へ、浮田左京亮と申す、此時は直行といひしよし或記に見ゆ直家が名の字給ひしにや後に彼家を去て名を改めしも知らず慶長四年の冬秀家が家の老共、主を恨むること有つて左京亮を始として、戶川肥後守幷に弟助左衞門花房志摩守幷に息彌左衞門岡越前守角南隼人楢村監物等彼の家を去る、明れば五年の夏德川殿奧に向はせ給ひし時、左京亮等御供に從ひ上方の軍起りし後、海道を攻め上る故主中納言秀家は一方の大將軍にて關が原に立向ひ、東國の先陣と戰て散々にかけ敗られ、行方知れず落ち失せぬ、左京亮は勸賞給て石見の國津和野の城を領す、三万石其後名をも氏をも改て、坂崎對馬守と申し又出羽守に成てけり、大坂の戰に隨てのち、元和三年將軍家を怨み1參らすることあつて、終に自害してこそ失せにけれ、
  1. — 지면 그대로(앞 열 끝 「元和」). 坂崎直盛의 자해(千姫 사건)는 元和2年 9月이 통설
將軍家第一の姫君は豐臣家の御臺所にてまします、大坂の城敗れし日、希有にして逃れ出させ給ふを、熊野新宮の住人堀内主水といふ者、御供に侍ひて將軍家の御陣に參らせ給ふ、爰に坂崎は昔宇喜多が家に在りし頃、常に都にさむらひて知れる人多しと聞召され、此君の御事、攝家華族などの公達の御中に媒し參らせよと、密に仰せ承りて都に登り、然るべき人いひ語らひ、歸り參りて此由申上ければ、將軍家深く悅ばせ給ひ、頓て其家に入れ參らせらるべきにぞ定りける、姫君かくと聞召され、去る人に見えん事こそ心うけれとて、御飾おろさせ給ふべしなど聞えさせ給へば、將軍家大に驚せ給ひ此事叶ふべからざりけりと仰せ下さる、出羽守承りて、かぼとに契り置かせ給ひし事を、今いかで叶はぬよしの御使をば仕り候べき、只いかにもして御言葉の替らせ給はざらん樣にこそ、あらまほしく存ずれと申て罷り出づ、とかく日數ふるほどに、姫君本多中務少輔忠刻が家に入らせ給ふべしと聞ゆ、坂崎大に恨み參らせて、かくては如何で世の人に再び面を向くべき、よし〱御輿奪ひ取て都に伴ひ參らせずるものを、命を捨てば安かりぬと、己が家子郞等召集めけり、關東に在合ふ大名すは事こそ出來たれと、家々に兵を集むること大方ならず、將軍家も出羽守が怨と申す所、其謂れなきにあらずとて、御使度々下されて彼が心を慰めらる、出羽守承り、せんずる所、某が首を刎ねられん後は、とにもかくにも候ひなん、生きて世に候はん限りは、えこそ御輿をば人手には渡すまじきにて候へとぞ申切たる、此上はとて執政の人々彼が家人等に奉書下して、汝が主の恨み申す所、其謂れなきにあらず、去ながら彼が謀る所の如きは、君臣の禮かゝる可らざるに似たり、さればとて今はた反逆の例に准ぜられん事、返す〱も、愍み思召さる所なり、斯ても猶上下の分を亂らず、其信を守りて死したらんには、一族の中を選みて家を繼がしめられ、彼が生前の恨を死後に慰めさせ給ふべきものなり、累代の家忽に亡びんも、永く餘慶を其子孫に留めんも、すべからく汝等が計らひによるべき者か、汝等又何ぞ事ふる所に、其忠を盡し其義を謀りて、各死を以て諫めざるべきとぞしるされたる、彼家の老等仰を承て、主の自害を勸めて其首取て參らせたり、實は主の晝寐ねて在りしを、薙刀取て首刎ねしとぞ聞えける、將軍家以の外に怒らせ給ひ、出羽守が振舞ひ既に反謀にわたりぬといへども、恨み申す所は其謂れなきにあらざるが故に、彼の家人等が諫めにより彼尙君臣の義を存じ、おのが信をも失はで自ら死したらんには別の義を以て一族の中を選みて、其家つがせ給ふべきとぞ思召されたる、うれにおのが主の首切て參らする事こそ無道の至りなれ、まづ彼の家人等大逆の科に處すべし、又出羽守遂に初の謀を改めずして、家人の爲に失はれし上は、今又其家立てさせ給ふべきにあらずと、仰せ下されて所領沒收せられぬ、然るを今其事よく知らぬ人の、あらぬ虚事しるし置きたるあり、大に誤れるなり、