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松平康重
본문 표기 康重・周防守源康重・松平
井伊 第四上 · 1
- p013…正十八年の秋、德川殿關東に移らせ玉ひ、直政上野國箕輪の城を給ひ、康親の子康重武藏國私市の地を給りて、印具關東に移るとて駿河の國藤枝の宿に至る日、直孝…
松平(松井) 第四下 · 7
- p001…周防守源康重は、故周防守康親の子なり、康親元は松井左近忠次と名乘る、三河國東條の家人…
- p005…康親に給ふ所二万千百貫の地、此年六月十七日康親六十三歲にて卒す、其子康重生年十六歲にて、父に繼き、三枚橋の城を守る、十二年小牧の戰に、沼津の城を…
- p005…方を迎へて引返す、十八年三月廿九日、北條が山中の城落つ、明れば四月朔日、康重仰を承り、佐野口より進みて、宮城野に打上り、北條勢と戰ひ、首八十餘を討取…
- p005…城に迯去りぬ、六月廿二日の夜、井伊兵部少輔直政が小田原の外城を襲ひし時、康重繼きて攻入りぬ、今年關東へ移り玉ひしかば、武藏國私市の地をぞ賜つたる、…
- p005…常陸國笠間の城を給ふ、三万石同き七年五月、佐竹、秋田に移されし時、康重等水戶の城請取て、軍兵を留め守らせ、其身は笠間の城に歸る、佐竹が重代の家…
- p005…の家子郞等の、かしこに、落ち殘りたる輩、謀反して、水戶の城を襲はんとす、康重斯と聞きしかば、鞭鐙を合せて馳向ふ、七月十日の夜逆徒旣に外城にせめ入らん…
- p005…要害なり、元の城修し築て守らすべしとて、西海南海兩道の諸大名に課せ築れ、康重にぞ賜ける、五万石大坂前後の戰には、別の仰を承りて、龜山の城を守る…
松平(大須賀) 第十一 · 1
- p001…し、同き十三年八月味方の人々、眞田が城を攻めて利を失ふと聞えしかば、井伊松平が勢と同じく馳せ向ひ味方迎へて引返へし、同き十七年六月廿三日、康高年六十…
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히