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石川清兼
본문 표기 淸兼・石川安藝守・石川・安藝守淸兼・安藝守清兼
酒井 第四上 · 1
- p004…時の事しるして曰く、坂井左衞門尉殿は、織田彈正と心を合せて、御城へ詰て、石川安藝守と酒井雅樂助に腹を切らせ玉ふべしと訴ふ、左衞門逆心して御城に詰たりと聞て…
本多 第四上 · 1
- p001…河の國府に歸らせ玉ひしかば、廣孝御一門の人々、譜代の御家人等と相議して、石川安藝守、天野甚右衞門と共に三人打連れて、義元に參り、若君すでに成人に及び玉ひぬ…
石川 第四中 · 7
- p002…人とは成てけり、其子左近大夫忠輔、岩津殿より此かた、三代の君に仕ふ、其子安藝守淸兼、安祥殿より德川殿まで、三代に仕へし宿老にて、酒井雅樂助政親と共に、家の…
- p002…の方と、かしづき參らせて、德川殿御誕生有し時、雅樂助政親御竹刀を獻れば、淸兼御墓目の役に候す、岡崎殿今川治部大輔殿と御好みを結ばれしも、淸兼を御使に…
- p002…獻れば、淸兼御墓目の役に候す、岡崎殿今川治部大輔殿と御好みを結ばれしも、淸兼を御使には差されしなり、安祥の城せめ破て、德川殿を迎へし時も、淸兼を大將…
- p002…しも、淸兼を御使には差されしなり、安祥の城せめ破て、德川殿を迎へし時も、淸兼を大將にて、三河の人々向ひしなり、駿河の國府に入らせ給ひしにも、嫡孫內記…
- p002…正なり、德川殿御軍始あるべしとて、參河國梅が坪廣瀨等の城を攻めらる、淸兼諫め參らせて、岡崎の城に引返され、程なくまた駿府に歸り玉ひ、義元朝臣只管…
- p002…くまた駿府に歸り玉ひ、義元朝臣只管に留め參らせて、本國に返し給はざれば、淸兼本多豊後守廣孝天野甚右衞門尉三人打連て、駿河の國府に行向ひ、今川殿に訴へ…
- p002…れ玉ひ、岡崎には歸らせ給ひたり、此事本多豐後守が傳と合せ見るへし、淸兼男子二人あり、嫡子右近、德川殿駿河にわたらせ玉ひしうち、安部大藏と共…
酒井 第五 · 4
- p001…、御一門の人々、譜代の御家人等と謀て、再ひ岡崎の城に迎へ納れ參らせ、安部石川の人々と議して、水野右衞門大夫忠政の娘を迎へて、北の方となし參らす、程な…
- p001…殿の御事岡崎殿の御悅淺からず、御家人の中を選はれ、政親御竹刀を獻り、安藝守清兼、石川御蟇目の役に候す斯て天文十二年の秋德川殿の御外祖右衞門大夫殿、卒去…
- p001…岡崎殿の御悅淺からず、御家人の中を選はれ、政親御竹刀を獻り、安藝守清兼、石川御蟇目の役に候す斯て天文十二年の秋德川殿の御外祖右衞門大夫殿、卒去の後、…
- p001…き四月十五日岡崎殿に叛き、信秀に從ひし松平藏人信孝、岡崎に押寄す、政親、石川、大將にて明大寺の邊に出向ひ、戰て信孝を討取る、程なく岡崎殿うせ玉ひ、德…
天野 第十一 · 1
- p003…を攻め破つて後、尾張の國に攻め入り丹下中嶋等の城を落さるべしと議定して、石川安藝守天野甚右衞門尉、御使を承り駿河國に趣き、葛山播磨守岡部次郞右衞門尉に就き…
石川 第十二下 · 3
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히