인물 색인 › 筒井定次
筒井定次
본문 표기 定次・四郞・伊賀守定次・筒井・筒井伊賀守・伊賀守藤原定次・四郞定次
井伊 第四上 · 1
- p009…父に繼く、同き九年の春、仰によりて、彥根の城を築きて移る、同十三年伊賀の筒井が傳別にあり新領收公せらし時、伊勢本多美濃守美濃松平飛驒…
新莊 第八下 · 1
- p001…定、彼の催促に任せ、宗徒の大名同しく伊賀國に向ひ、上野の城を攻め落し、筒井伊賀守が住せし所なり此所に止て守る、關が原の戰終て後、直賴父子陳じ申…
筒井 第十二上 · 16
- p001…伊賀守藤原定次は、大和の國の守護筒井陽舜房順慶が世嗣也、初め應仁の亂の後畿內悉く戰ひ起…
- p006…して信長に見參し、同き年七月人質を參らせ、三年二月織田殿の養女を迎へて息定次の室とす、此年五月信長三河國に向ひ、武田四郞と戰ふべしと聞えて加勢參らす…
- p008…ふこと出で來て、本國に歸り幾程なくて死す、年三十六歲とぞ聞えける、猶子の四郞定次家を繼く、…
- p009…かし、又初め順慶秀吉に申て香原五郞を世嗣にせんとす、五郞從はざりしかば、四郞をして家繼がせしと見えたり、世には四郞は順慶が妹の箸尾が妻となりて生みし…
- p009…嗣にせんとす、五郞從はざりしかば、四郞をして家繼がせしと見えたり、世には四郞は順慶が妹の箸尾が妻となりて生みし所なりといふ也、大和記には順慶が妹の夫…
- p010…十三年七月秀吉關白になられし日、定次侍從に任し、閏八月伊賀の國を賜ひ上野の城に移る、十二萬石を領す鎭西…
- p010…閣薨じ給ひし後、慶長五年の夏、中納言景勝追討のため德川殿御下向ありし時、定次も奧に下る上方の軍又起りぬと聞えて、德川殿の仰蒙りて本國伊賀の國に馳せ上…
- p010…國に馳せ上る、かゝりし所に上方の多勢、大坂を立て、先づ伊賀國に攻め入る、定次が國に留めし兵共、寄手の多勢に恐れ上野の城を下げ渡す、定次路次にて此由を…
- p010…國に攻め入る、定次が國に留めし兵共、寄手の多勢に恐れ上野の城を下げ渡す、定次路次にて此由を聞き、云甲斐なき奴原が振舞かな、この上は本國に歸らん事その…
- p010…れば、再び伊賀國を領す、同き十三年六月家人中坊飛驒守秀祐が爲に訴へられ、定次駿河の國府に召され、罪蒙て其身は關東に召戒められ領國をば收公せられ、筒井…
- p011…仕丁記に據るに、定次慶長十三年七月廿八日切腹す、其罪の由さだかならず、創業記に見えしには、定…
- p011…次慶長十三年七月廿八日切腹す、其罪の由さだかならず、創業記に見えしには、定次常に被官等にも對面せず、山中にわけ入て鹿狩のみして明し暮しければ、家人等…
- p011…かくては亡びんこと遠からずと思ひ訴へし所なりとのみしるされぬ、又かの記に定次が事訴へし中坊が事をもしるして曰く、定次が罪かうふれる明る年、慶長十四年…
- p011…なりとのみしるされぬ、又かの記に定次が事訴へし中坊が事をもしるして曰く、定次が罪かうふれる明る年、慶長十四年二月廿九日中坊飛驒守、伏見にて殺されぬ、…
- p011…が罪かうふれる明る年、慶長十四年二月廿九日中坊飛驒守、伏見にて殺されぬ、定次が被官山中と云ひし者、おのが主亡びし後、伊勢の國に下り九鬼長門守が許に居…
- p011…ずと云云、今の御家人の中坊はこれが後也○筒井主殿助某は、順慶が猶子なり、伊賀守定次が家亡びし後、筒井が一族やあると尋ねさせ給ひしに、順慶が猶子に主殿助某と…
松倉 第十二下 · 1
- p001…、其子左馬助某其子右近大夫信重といふ、重政は信重が子なり、筒井順慶が世嗣伊賀守定次伊賀國に移されし時、右近大夫當國名張郡五千石の地を領しきといふ、此說心得…
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히