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菅沼定政
본문 표기 定政・菅沼藤藏・土岐山城守・山城守定政・愛菊丸・菅沼藤藏定政
本多 第四上 · 1
- p007…多藤四郎、石川長門守、高木筑後守、本多平八郎、榊原小平太、大久保新十郎、菅沼藤藏、久野新平、本多百助、阿部善九郎、牧野平左衛門、三宅彌次兵衛、大久保治右…
大久保 第四中 · 2
土岐 第四下 · 20
- p001…山城守源定義は、故山城守定政が男、美濃國の源氏土岐左衞門尉光信が後胤なり、其家の系圖に、光信初て美…土岐定政
- p001…他國に在て合戰せし事、天文廿一年にある歟、未だ詳かならずといふ、山城守定政は、定明が男にて、美濃國多藝郡に生れ童名は愛菊丸といふ、生年二歲にして父…
- p001…詳かならずといふ、山城守定政は、定明が男にて、美濃國多藝郡に生れ童名は愛菊丸といふ、生年二歲にして父におくれ、母方の舅三河國額田郡の住人菅沼常陸介が…
- p001…額田郡の住人菅沼常陸介が許に、ひとゝなりて、十四歲の時、德川殿に召れて、菅沼藤藏とは申けり、初め土岐と名のらざるは、養父の氏を稱し、又は明智が親戚た…
- p001…を知らず三方が原の戰に、味方散〱になつて、御馬に從ひ參らせし人多からず、定政三宅彌次兵衛、正次二騎、御側をちつとも離れず、敵近付きまゐらすれば、定政…
- p001…定政三宅彌次兵衛、正次二騎、御側をちつとも離れず、敵近付きまゐらすれば、定政返し合せて戰ふ事、度々に及ひ、終に敵の多勢に割て入り、一騎を切て、其首取…
- p002…此時傍輩のもの、馬に離れしが、定政が馬の後に乘らんとせしを許さず、今日若し我を助け乘せざらんには、わぬしの…
- p002…若し我を助け乘せざらんには、わぬしの日比の高名、空かるべしと、曰はれて、定政馬の頭を、敵の方に引むけて、いざわれ乘れとて、馬の後に乘せて馳歸る、是れ…
- p002…の頭を、敵の方に引むけて、いざわれ乘れとて、馬の後に乘せて馳歸る、是れ又定政が高名なりしといふ、…
- p003…持舟の戰に定政が親しかりし、水野彥九郞敵二騎と戰て打れぬ定政是を見て、馬を馳て敵二騎を…
- p003…持舟の戰に定政が親しかりし、水野彥九郞敵二騎と戰て打れぬ定政是を見て、馬を馳て敵二騎を切て落し、其首切て、水野が首をば取り返しつ甲斐…
- p003…て落し、其首切て、水野が首をば取り返しつ甲斐國にして北條と戰ひ玉ひし時、定政、鳥居彥右衞門元忠と同じく、小山の要害を守て、左衞門大夫氏勝が多勢を打破…
- p003…大夫氏勝が多勢を打破る、北畠殿を助け玉ひ、尾張の小牧に御陣をなされし時、定政敵の廻文持ちし者共三人を生捕て參らせしに、其謀あらはれき、かくて長湫に御…
- p003…長湫に御馬を向られし日、或人止め參らせて、今日の御合戰然るべからずと申、定政御前に候らひしが、けふ御合戰あらずして、いづれの日をか待つべきと申て、從…
- p003…にすゑられて、敵の樣を見せらる、御使馳せ歸て敵既に寄來りぬと申す、重て又定政を召されて、敵の樣を見せらる、定政一騎敵陣に馳入り、縱さま橫さま馬を馳せ…
- p003…使馳せ歸て敵既に寄來りぬと申す、重て又定政を召されて、敵の樣を見せらる、定政一騎敵陣に馳入り、縱さま橫さま馬を馳せ思ふさまに、見おほふせて馳歸り、敵…
- p003…を小牧に移さるべしと申す、或人また爰にて待て戰ん事然るべしと申す、德川殿定政が申す所其謂れありと仰せられ、頓て御陣を移されたり、案の如く秀吉の大勢寄…
- p003…の如く秀吉の大勢寄來り、既に御陣を移されしと聞て、手を空しくして引返す、定政が此度の功少からずとて、寄騎の侍三十騎を屬られ、其後小田原の御陣の時、ま…
- p003…此度の功少からずとて、寄騎の侍三十騎を屬られ、其後小田原の御陣の時、また定政が手に穴山衆をぞ屬られける、關東に移らせ玉ひしかば、下總國關宿の城を守ら…
- p003…、相馬郡にして所領の地を給ふ、一万石文祿年中、叙爵し、本姓に改て、土岐山城守と申、慶長二年四十七歲にて卒す、其子山城守定義父に繼く、將軍家に仕て、慶…
小笠原 第六 · 2
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히