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諏訪頼水
본문 표기 賴水・諏訪・諏訪父子・因幡守源賴水・因幡守賴水・小太郞賴水・諏訪因幡守賴水
大久保 第四中 · 1
- p003…世また仰を承て、諏訪が許に使立て、とかく拵へし程に、明れば十一年三月に、諏訪父子また御方に參る、又上田の城をも取て、眞田に與へけり、十二年德川殿、北畠殿…
諏訪 第六 · 5
- p001…因幡守源賴水は六孫王經基の五男、右衞門尉滿快より九代、信濃國の住人諏訪右衞門尉盛重が…
- p001…、諏訪の嫡流絕えぬれば、滿隣が二男賴忠其先蹤を繼ぎ、安藝守に任ず、これ因幡守賴水が父なりけり、武田亡ひ織田殿討たれ玉ひし後、大久保七郞右衞門忠世、信濃國…
- p001…斜ならず、茅野澤は物賜ふ事差あつて歸へさる、明る天正十一年三月、賴忠子息賴水を倶して參る、信濃國いまだ平かならず、父子速かに國に歸て、御催促あらん時…
- p001…子速かに國に歸て、御催促あらん時に隨ひ、軍勢を率し、馳參るべしとて、子息賴水に御刀を賜て歸へさる、保昌五郞の御脇刀、按ずるに此時の事ども記せし書…
- p001…奈良利蛭川の地を賜ひ、一萬二千石文祿元年上野國總社に移る、同き二年小太郞賴水父が家を繼き、關が原の合戰の時、山道の御供して打て上り、明れば慶長六年本…
上總介殿 第十一 · 2
日根野 第十二下 · 1
- p002…此時一萬五千石を賜ふといふ、高嶋の城は諏訪が累代傳領の所なれば、彼に賜ふが故に、日根野をば壬生に移されしなり、思ふ…
색인은 본문을 읽고 사람·지명 등에 개체 ID를 붙인 것입니다(표본 점검 정밀도 약 98.6%). 같은 이름의 다른 사람은 괄호로 구분했고, 지면 표기가 다른 비정은 문맥 주석에 적었습니다. 자세히