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市橋
이 가문에 자주 나오는 인물·지명
인물 市橋長勝 13市橋長政 6市橋長利 4市橋利尚 3徳川家康 3市橋政信 3市橋専順(始祖) 2成田光治 2徳川秀忠 2市橋三四郎(長勝女婿) 2市橋政直 2市橋利治 1織田信長 1豊臣秀吉 1伊藤盛正 1丸毛兼利 1林右衛門(市橋長政父) 1市橋政勝 1
지명 関東 4摂津国大坂 4美濃国市橋 2美濃今尾城 2美濃福束城 2美濃大垣城 2奥州 1上方 1美濃国藤川 1伊勢国桑名 1美濃国大垣 1伯耆八橋城 1河内国星田 1越後三条城 1下総国香取郡 1下総国海上郡 1近江国仁正寺 1河内国 1
長利初め織田殿に屬し、其後關白秀吉に從ひ、天正十三年三月十三日、七十三歲にて卒す、下總守長勝、又織田羽柴の兩家に仕へて、美濃國今尾の城を領す、一万石慶長五年の秋、德川殿の奧の御陣に隨て、東國に在り、上方の兵又起ると聞て、關東の御方として、本國に馳上る、大坂の軍勢、東國に攻め下ると聞えしかば、其勢僅に六百人、今尾の城に楯籠る、市橋が分際、さも有らん、東國の敵、破れなば、降人にこそ、參るべけれとて、伊藤丸毛が勢、藤川の前に陣取て、攻むるにも及はず、長勝城より討て出て、水を隔て、矢軍に日を暮し、敵陣に夜討して、散々に戰ひしかば、寄手怺へず、福塚の城に入る、長勝續て攻めし程に、城をも終に落されて、大柿の城に遁れ行く、長勝福塚の城に在て、桑名大柿の道を差塞き、大柿の城下より押入て、番の兵十七人が首、斬て獻る、軍終て後、長勝が功、是れ少なからずとて、勸賞を行はれ、本領新恩の地、合せて二万石宛行はる慶長十三年、伯耆國八橋の城に遷さる、同き十九年、大坂の兵起りし時、馳上りて、城を攻む、再ひ兵起りしかば、己が所領星田村に陣取て、大御所の御陣を迎へ、又仰を蒙りて、手の者をして、彼の村を守らす、元和二年の夏、大御所隱れさせ給ひし時、仰せ置れし御旨に依て、越後國三條の城に數多の地附て、長勝に下し賜ふ、是れ大坂の戰功を賞せられし故とぞ聞へし、調四万三千三百石年六十四歲にして、同き六年三月十七日に卒す、家繼すべき男なければ、其甥長政して、家を繼せらる、下總守長政、實は林右衛門某か子初め慶長九年に右大將家に仕へ、此時台德院殿未だ右大將にてましませしなり大坂前後の戰ひに隨ふ、元和の初、下總の國香取海上等の郡にして、所領を賜ひ、千石其後所領地加へられ、三千石長勝卒して後に其家を繼せ、近江國仁正寺の地を賜ひけり、河內の地を合せて二万石を領す