天正17年5月 1589年
五月大
11右一日丁未會下へ參候 雨降 如總大洞より被越候
二日戊申京都連哥又表申來候□いまさ如しハ新ゝきあはれといはん人もなき世そこしハゝ船うりかなと老なく是ハ作手奧作出連哥表之
三日己酉
四日庚戌かりや水三左衞門所よりたい鴈こいニ越候するかへ普請夫丸出し候
五日辛亥又かりやへつかハし候 會下へ參候家中衆礼ニ被越候
六日壬子
七日癸丑夜雨たら〳〵とふる
八日甲寅あさ雨ちとふる宮へ雨こいのまんくわんかけ候
九日乙卯竹谷へ点取連歌ニ備後所へ越候
十日丙辰京へも人をつかハし候同與次郞所ニ点取連哥候 夜雨降 するか普請ニ人數計こし候
十一日丁巳祈禱候ひる迄雨降
十二日戊午宮にて雨こいの連歌候發句 玄佐五月雨はふりつゝきてなる宮井計
十三日己未雨こいのまんくわん又かけ候
十四日庚申雨降 初楊梅大津より越候 竹谷備後同與次郞うるのりし安田先衆へ点取連歌さし被越候
十五日辛酉朝迄雨降 雨こいの連歌候同玄佐發句五月雨ハ水行川か神乃お連歌同日時分過て會下へ參 信州より使越候 きゆんのゝ東堂同大澤よりきゆんきやゝ東堂
十六日壬戌昨日の高東堂ふる舞候
十七日癸亥
十八日甲子會下へ參ニ寺衆ニふる舞候
十九日乙丑野田織部所より山もゝ來候 柏原鵜殿藤助所ニ点取連哥にて越候
廿日丙寅初なすひ夕ろふかりや中嶋權兵衞所より越候竹谷備後所ニ昨日之連哥しうけにてこし候
廿一日丁卯會下僧衆時にて候こし候 會下へ參候 駿河衆君樣御袋西鄕殿一昨日十九日ニ被死去之由申來候理田菱沼助兵へ喧嘩にて死去之由申來候幡豆龍花院小笠原彥左衞門所より山もゝこし候
廿二日戊辰竹谷與次郞同心候 西鄕殿御とふらいにて見付迄こし候
廿三日己巳度枝初ふり候 駿府衆着候藤村十三郞所ニふる舞候
廿四日庚午まんせんしにて御ちうあんへ御とふらい申候武る足 夕めし本田彥五所へこし候
廿五日辛未普請出來普請衆かへり候 朝板倉四郞右衞門か所ニふる舞候夕めし跡大炊助所ニ候
廿六日壬申鬼河益田迄歸候
廿七日癸酉あつい迄歸候
廿八日甲戌未刻ニ地震ゆる 深溝歸越候 初さゝけしゆう
廿九日乙亥宮へ雨乞のしゆくわんかけ候 夜雨降
晦日丙子雨降 宮にて雨乞の連歌候發句 玄佐このゝひやぬさうれあへぬ夜の雨