相摸の深澤の軍に、北條家の先陣の大將北條左衞門大夫綱成敗北して、捨てたる旗を拾ひ取つて譏りけるを、信玄聞きて、逃走て穢く棄てたるに非じ。必ず地利を謀りて戰を心掛たるならん。旗を棄てしは旗さしの罪なり。如何でか嘲り笑ふべき、とて眞田一德齋が末子の源次郞に、左衞門大夫が武勇にあやかれ、とて彼旗を與へられけり。練絹三幅朽葉地黃にて八幡といふ二字を染めたる物にて、世に地黃八幡と稱へしなり。左衞門大夫斯くと傳へ聞きて、信玄の詞にて恥辱を雪ぎたり、と悅びけり。是信玄遠き慮ありて斯くは言はれしなり。左衞門大夫は其比勝れたる勇將なれば、嘲り笑はるゝと聞きて、必死の軍するならば、其鋒支へ難し、と察せられて其憤を散ぜん爲とぞ。