e052.p01校訂済66R:12–1266L:1–4別佐々木と三好と軍す。佐々木は糺に陣し、三好は赤山に在り。三好使を以て、中村新兵衞といふ剛の者あり。我と思はん人有らば出されよ。人交もせで戰はせん、と言ひしかば、佐々木が內にて江州に隱れなき永原安藝守と言ふ者を選り出す。修覺寺村石地藏の前に出會ひて、永原は直鎗、中村は十文字の鎗にて散々に戰ひけるが、永原を突伏せ首を取る。中村は近江國の人なり。一日に鎗を合する事十七度、首四十一級を得たる事有りければ、世に鎗中村と稱しけり。
e052.p02校訂済66L:5–7別永原を討ち取りし時、室町將軍靈陽院殿義昭江州矢島にて是を聞し召し、感狀に朱塗の物の具朱柄の鎗を添へて賜りけると言へり。一說に、攝州を半分領しける松山新介が士にて、唐冠金纓の冑を著たりといふ。