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摂津国
本文表記 攝州・攝津の國・攝津
備前國龍口落城の事附浮田直家の事竝岡剛助高名 卷之二 · 1
- p02…家を殺害せり。之れ享祿四年の事なり。浦上細川高國の加勢として攝州にて討死す。其の子與次郞といひしは幼少にて、居城三石は播州の…
中村新兵衞永原安藝守一騎打の事 卷之三 · 1
- p02…感狀に朱塗の物の具朱柄の鎗を添へて賜りけると言へり。一說に、攝州を半分領しける松山新介が士にて、唐冠金纓の冑を著たりといふ。…
中川重秀和田惟政を擊つ事 卷之四 · 1
- p01…昭、織田信長と不和の事出來て、和田伊賀守惟政、將軍の味方して攝津の國に陣す。信長和田を始として、誰某が首取りたらん者には云々賞す…
小寺黑田始末の事 卷之五 · 2
冑の名樣々有りし事 卷之九 · 1
- p01…にしたり。竹中重治が冑は一の谷、明智秀俊が冑は二の谷といふ。攝州一の谷二の谷相並べり。又柴田伊賀守勝豐が冑は鐵蓋が峯といふ。…
秀吉有岡城へ使者に行かれし事附河原林越後山脇源大夫が事 卷之十一 · 2
細川忠興忠告の事 卷之十一 · 1
- p03…御設こそ然るべく候へ、と申されけるを聞し召し、過ぎにし年信長攝州出陣の比、弱年にて武勇の譽有りし故申し通ぜしなり。斯る深志有…
松山新介の勇將中村新兵衞が事 拾遺 卷之四 · 1
- p01…攝津半國の主松山新介が勇將中村新兵衞、度々の手柄を顯しければ、時…
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