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○冑の名樣々有りし事

卷之九 第31話 · 段落 1 · NDL 1078984 172コマ L

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加藤嘉明の冑は形を富士山に造り爲して、名をも則富士山といふ。具足の胸に天人の雲に乘りたるを蒔繪にしたり。竹中重治が冑は一の谷、明智秀俊が冑は二の谷といふ。攝州一の谷二の谷相並べり。又柴田伊賀守勝豐が冑は鐵蓋が峯といふ。是は一の谷より高く峙ちたる山なれば斯く名附けしとかや。此餘浦野若狹守が小水牛、黑田長政の大水牛、日根野が唐冠の冑、原隱岐守が十王頭、福島正則の四また鹿の角、本多忠勝の佐藤四郞が冑、蒲生氏鄕の銀の鯰尾、伏木久內がわり蛤、武田信玄の諏訪法性、秀吉の八日の月、加藤淸正の長烏帽子、矢田作十郞が鯉の冑、藤堂新七が帽子等言へる多し。細川忠興の山鳥の尾の冑と言へるも名高し。關ヶ原の軍に忠興彼の山鳥の尾の冑を著、銀の天衝の指物なりしに、遙に見て唯舞鶴のやうに有りけるを、東照宮、冑と指物と映合ひて面白し、とて乞得させ給ひ、台德院殿に參らせらる。