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豊臣秀吉
本文表記 秀吉・太閤・殿下・秀吉公・關白・羽柴秀吉・豐臣秀吉・關白秀吉・故太閤・猿冠者・木下・筑前守・猿・太閤秀吉・關白樣・關白殿下・藤吉郞・豐國明神・、秀吉・々秀・秀吉卿・上樣・豐臣太閤
羽柴秀吉遠計を以て信玄を欺く事 卷之一 · 16
- p01…何分にも信玄の威勢に當り難きにより、百方心を碎きけるが、家臣羽柴秀吉其身京都にありて、諸國に間者を入れて國々の變りを窺ひける所に…
- p01…、信玄勝手大明神の前にて落馬せし事まで委しく告げ來りしかば、秀吉大に喜悅び、旣に信玄が命數を縮むる時至れり、と密に一首の歌を…
- p03…き、安き心地も無かりける。眞田昌幸之を聞きて、偖ては織田家の猿冠者めが所業にて、我が君を欺きしよな。いでや我君の病を癒さん、と…
- p03…如何して知りたるぞ、と問ひけるに、昌幸笑うて、是れ信長の家臣羽柴秀吉が謀計にして、是れぞ人を欺く子房が智略なり。君欺かれて萬金に…
- p03…ば、昌幸も倶に欣喜び、童子が歌を以て我が君の命を縮めんとせし秀吉こそ面惡けれ。我れ此返報に一の書翰を以て、秀吉が肝を冷させ吳…
- p03…を縮めんとせし秀吉こそ面惡けれ。我れ此返報に一の書翰を以て、秀吉が肝を冷させ吳れんず、と大に怒れば、信玄昌幸が智略を感じ、古…
- p03…轉しが、其後昌幸何やらん書翰を認めて京都へぞ送りける。此の時羽柴秀吉は京都の政事を掌り居たりしが、甲府へ入れ置きし間者より、信玄…
- p03…る所、信州上田の城主眞田安房守方より使者入來の由告げしかば、秀吉怪み、昌幸は漸く此頃上田の城を與へられしと聞きつるに、何用有…
- p05…秀吉之を見て良暫し考へしと雖も、當時は軍事に紛れて未だ和歌の心懸…
- p05…を得ず、繰返々々讀み居たりし所へ、竹中半兵衞重治來りければ、秀吉大に悅び、竹中氏好き所へ來られたれ。今武田家の臣眞田昌幸方よ…
- p05…の戯れをなさんや。して其歌は何と申し送りしぞ、と尋ねければ、秀吉彼の歌を出し竹中に見せければ、重治之を篤と視て眉を顰め、難波…
- p05…て、謀略の穴を見顯し立騒がせんとの事なるべし、と申しければ、秀吉直立ち上りて憤り、我れ遠からず彼れ昌幸が生首見ずんば有る可か…
- p05…なすこそ良將の工夫なれ。何故に左は怒り給ふぞ、と申しければ、秀吉大に笑ひ、是れ僞なり、斯る智將を何とて闇々亡はんや。見給へ、…
- p05…大に笑ひ、是れ僞なり、斯る智將を何とて闇々亡はんや。見給へ、秀吉が恩を施し軈て幕下に附けんものとて、眞田が使者を重く饗應し、…
- p05…くて眞田は使者の歸りしと聞き、急ぎ呼寄せ、京都の樣子を尋ね、秀吉より如何返事せしぞ、と披き見るに、其の文體甚だ叮嚀にして、怒…
- p05…にして、怒の心少しも見えざりければ、昌幸心中に怖を懷き、誠に秀吉は地中の龍に等しき武士なり、と彌々內心に感じける。…
石川數正淺岡某に鞢の緒の結び樣を習ふ事 卷之三 · 2
長九郞左衞門能登國發向の事 卷之四 · 2
秀吉勝賴の滅亡を惜まれし事 卷之五 · 3
秀吉備中にて光秀が書を取られし事 卷之五 · 6
- p01…明智信長を弑する時、秀吉は備中にて毛利家に向つて陣せしが、秀吉所々に忍の者を置れしに…
- p01…明智信長を弑する時、秀吉は備中にて毛利家に向つて陣せしが、秀吉所々に忍の者を置れしに、備中庭瀨にて怪しげなる飛脚の者を生虜…
- p01…の者を置れしに、備中庭瀨にて怪しげなる飛脚の者を生虜りたり。秀吉其書を披き見るに、信長を討ち取らば、秀吉必ず敗北すべし。秀吉…
- p01…脚の者を生虜りたり。秀吉其書を披き見るに、信長を討ち取らば、秀吉必ず敗北すべし。秀吉を追ひ擊れよ、と毛利家へ言ひ送る書なり。…
- p01…秀吉其書を披き見るに、信長を討ち取らば、秀吉必ず敗北すべし。秀吉を追ひ擊れよ、と毛利家へ言ひ送る書なり。若し此書毛利家に到ら…
- p01…。若し此書毛利家に到らば、如何なる謀有るべきも知る可からず。秀吉の慮淺からず、と人言へり。又高松の城は手易く攻め落す可きに、…
秀吉西國の米を買はれし事 卷之五 · 2
秀吉浮田を欺きて上洛の事 卷之五 · 4
黑田孝隆思慮の事 卷之五 · 1
- p01…秀吉信長の弔合戰せんとて備中より引き返されし時、姫路に立ち寄らる…
明智秀俊湖水を渡して坂本城に入る事 卷之五 · 4
小寺黑田始末の事 卷之五 · 6
- p01…、小寺は五著に有りて姫路に小城を構へ、黑田父子此處に有りて、秀吉に賴みて信長の旗下に屬す。孝隆の子長政、其比は松千代と言ひし…
- p01…旗下に屬す。孝隆の子長政、其比は松千代と言ひしを、人質にして秀吉の居城近江の長濱に置きたり。此比毛利家の兵勢强かりしかば小寺…
- p01…んも口惜ければ、疾く有岡に行いて荒木を諫めて、若し聞き入れば秀吉に謀りて信長と荒木和平を取行ふべし。攝州信長に從はば、我も眞…
- p01…負はせて城を出で、寄手の陣に行き、偖て姫路に歸る事を得たり。秀吉播州に攻め入るに及びて小寺は但馬に落ち行き、黑田父子危難を脫…
- p01…き、黑田父子危難を脫るゝ事を得て、孝隆に宍粟郡を賜り、姫路を秀吉の城とす。後に如水と稱して智謀逞しく、秀吉の功臣第一と聞えし…
- p01…粟郡を賜り、姫路を秀吉の城とす。後に如水と稱して智謀逞しく、秀吉の功臣第一と聞えしは此の孝隆なり。…
井口兄弟武勇の事 卷之五 · 2
森寺政右衞門武名の事 卷之六 · 1
- p01…知せし有樣目を驚かし候。姓名を承らばや、と度々呼はりけるを、秀吉聞きて、今日の軍、森寺が一人の武名を上げし、とて桐の紋附きた…
光秀愛宕山にて連歌の事 卷之六 · 2
幸田彥右衞門が母義死の事 卷之六 · 4
濺が嶽合戰秀吉智謀の事 卷之六 · 3
濺が嶽七本鎗の事 卷之六 · 2
石川兵助戰死の事 卷之六 · 2
佐久間盛政生捕るゝ事附久右衞門安次源六郞實政が事 卷之六 · 4
信雄長臣を誅せられし事 卷之六 · 4
本多忠勝忠勇の事附忠信の冑の事 卷之六 · 15
- p01…東照宮小牧山に陣して御座しませしが、秀吉兵を分ち中入すと聞し召し、敵の迹に從うて向はせ給ふ。小牧には…
- p01…數正、酒井左衞門尉忠次、本多平八郞忠勝を殘させ給へり。然るに秀吉大軍を出して長久手に向はれけるを見て、忠次は、秀吉の本陣樂田…
- p01…り。然るに秀吉大軍を出して長久手に向はれけるを見て、忠次は、秀吉の本陣樂田へ押寄せ、火をかけて攻擊つべし、と云ひけれども、石…
- p01…陣樂田へ押寄せ、火をかけて攻擊つべし、と云ひけれども、石川、秀吉後に變有りと聞きて、彌怒られなん、と强て押へて止りけり。忠勝…
- p01…に變有りと聞きて、彌怒られなん、と强て押へて止りけり。忠勝は秀吉の馬印を見るより、僅に五百許引具し小牧に駈け出で、小川一筋隔…
- p01…印を見るより、僅に五百許引具し小牧に駈け出で、小川一筋隔てて秀吉に相並び、長久手指て馳せ向ふ。路にて足輕を進め、鐵炮打かけ一…
- p01…て馳せ向ふ。路にて足輕を進め、鐵炮打かけ一軍せんとすれども、秀吉見ざる體にて取合はず。龍泉寺の前にて忠勝馬を川に打入れ口を洗…
- p01…る體にて取合はず。龍泉寺の前にて忠勝馬を川に打入れ口を洗ふ。秀吉、彼の鹿の角の立物の冑を著たるは大將よ。誰か見知りたる、と問…
- p01…の軍に武者出立見知て候。本多平八郞にて候、と申しも敢へぬに、秀吉淚をはら〱と流し、五百に足らぬ士卒をもて吾八萬の軍に駈け合は…
- p01…に勝利有らせんとの志、勇と云ひ忠と云ひ、誠に類無き本多かな。秀吉運强くば軍に勝たん。可惜者を討つべからず、とて弓鐵炮を制せら…
- p01…危き事無くてこそ軍には勝ちたり、と仰ありけり。其後天正十八年秀吉北條を打亡し、七月二十六日野州宇都宮にて平八を呼ばれけり。忠…
- p01…にて平八を呼ばれけり。忠勝は下總の廳南に有りけるが急ぎ參る。秀吉諸大將並居たる中に呼出し、熊野より佐藤四郞忠信が冑を得させた…
- p01…に著せなんと思ふに誰か有る、と言はれしに、答ふる人なし。其時秀吉、四郞に勝れる者は平八なり。子細は云々なり、と長久手の軍物語…
- p01…、今日いくらも諸大將並居たる中にて、汝が武勇を褒め擧げたるは秀吉が恩ならずや。主君の恩と何れぞ、と問はるゝに、首を低れて物言…
- p01…は申せども、累世の主君の恩と比ぶべきに非ず、と申されしかば、秀吉愈感ぜられけり。…
榊原康政秀吉を誹りて札を立てられし事 卷之六 · 4
秀吉東照宮の御陣へ戰書を贈られし事 卷之六 · 9
- p01…東照宮の小牧の陣を、秀吉二重湟の城の櫓に上り見遣りて、高山右近大夫幸任を呼で、小牧に…
- p01…。小牧よりの返書必ず怒らせ給はん事を申し來るべし、と云へ共、秀吉增田長盛に書翰を書かせ、長岡忠興に、敵陣の木戶なる道に立てよ…
- p01…と下知せらる。高山色を變じ、仰なりとも行くな、とぞ制しける。秀吉、忠興は弓箭の激しき所へは思ひも寄らじ。剛の者を使にせん、と…
- p01…を挾み乘行きて、村立つたる松原の小塚の上に押立て歸るを見て、秀吉悅ばる。稍有りて小牧の陣より月毛の馬に乘り、紅の母衣掛けたる…
- p01…取來れ、と言はれしかば、忠興又馬に乘り馳せ行きて取り歸るを、秀吉披きて讀るゝに、東照宮の返書にはなく、渡邊半藏重綱、水野太郞…
- p01…まで、一足も迯ぐると申す事露計も不存候、とぞ書きたりけり。秀吉讀みも終らず怒られければ、高山、されば斯く候はんとて申したる…
- p01…山、されば斯く候はんとて申したる事よ、と居丈高に成りて申す。秀吉冷笑ひ馬率出させひたと乘り、僅四五騎許にて松原の小塚に上り、…
- p01…、と大音に呼はるを、小牧より唐冠の冑に孔雀の尾の羽織著たるは秀吉よ。剩すな、とて鐵炮を打ちかくる。秀吉、天下の大將軍には矢の…
- p01…孔雀の尾の羽織著たるは秀吉よ。剩すな、とて鐵炮を打ちかくる。秀吉、天下の大將軍には矢の中る物かは、と言ひて、靜々と歸られけり…
九鬼嘉隆蟹江の港出船の事 卷之六 · 1
- p01…蟹江にて井伊直政兵を進む。秀吉の舟手大將九鬼大隅守嘉隆、日本丸といふ大船に乘り、蟹江の港に…
中村一氏紀州の一揆を追拂はれし事 卷之六 · 3
竹中重治の事 卷之六 · 1
- p01…竹中半兵衞重治ば美濃の菩提の城主なり。後に秀吉の軍奉行たり。謀略有る人なれども打見たる處は婦人の如し。軍に…
前田利家末森城後卷合戰の事 卷之七 · 8
- p01…瀧川一益、佐々成政等信孝を推崇て秀吉と弓箭を取りしに、天正十二年九月成政八千の兵を率ゐて、加州金…
- p02…ら〱越の難所を、僅に從者百許にて忍びて打通り、東美濃へ出で、秀吉と織田家の弓箭、大敵に手易く勝ち難からん。成政、北國より攻登…
- p02…手易く勝ち難からん。成政、北國より攻登りて前後より挾み打ちて秀吉を亡しなんには、加賀、能登、越前三州を賜はり候へ、と信雄に相…
- p02…平左衞門、神保安藝守と相計り、成政の二人の女有りし中、一人は秀吉へ人質に出し置きたりしかば、其妹を利家の二男利政に妻す可き由…
- p02…。神保は成政の聟なり。四千の兵をもて森山を守りけり。利家斯と秀吉に告げられければ、秀吉聞きて佐々を疑ひ、加州に又左衞門を置き…
- p02…四千の兵をもて森山を守りけり。利家斯と秀吉に告げられければ、秀吉聞きて佐々を疑ひ、加州に又左衞門を置きつるは吾謀りしに違はざ…
- p04…つべき、とせしを、汝は殘り留りて、吾討たれなば堅く城を守りて秀吉の後卷を待ち候へ。叶はずば其時腹を切れ、と下知せられしかば殘…
- p04…。頓て成政を攻亡し、我士卒に指さすべきよ、と言はれけるとぞ。秀吉此勝利を聞き、日本に比類少き武功と賞せられぬるとかや。利家奧…
秀吉東照宮に和を乞はれし事 卷之七 · 22
- p01…天正十四年正月、秀吉織田源五郞長益、羽柴下總守勝雅、天野作左衞門三人を使として、…
- p01…り。三人申しけるは、信雄卿の厚恩を忘れての事には候はねども、秀吉計略し、瀧川三郞兵衞に羽柴の姓を與へ下總守になし、神戶の城主…
- p01…置き、自ら人質と成り候ひぬ。種々の謀候へば、此度和睦候はずば秀吉軍を出し、淸洲にて勢揃へして打向ふべきことなり。四國中國の兵…
- p01…過ぎて軍せん事如何にと怒を押へて止みぬるに、無禮の事共なり。秀吉淸洲にて勢揃せんこそ望む所なれ。鳴海表にて一軍參るべし。然ら…
- p01…れ、此鷹一もとにて手配すべし、とて打笑はせ給へば、三人歸りて秀吉に斯くと申す。秀吉聞きて、さても大勇將かな。今夜思慮すべし、…
- p01…手配すべし、とて打笑はせ給へば、三人歸りて秀吉に斯くと申す。秀吉聞きて、さても大勇將かな。今夜思慮すべし、と言はれし時、丹羽…
- p01…堀秀政も、皆々士卒其心得に候。萬に一つも利候まじ、と言へば、秀吉、よしよし德川家を打破りて各に見せん物を、とて止みければ三人…
- p01…打破りて各に見せん物を、とて止みければ三人退出し、道にて、彼猿は死所無くて物に狂ふや、と私語きたり。翌日諸將を集め、三河を…
- p01…ん、とて又三人を遣れしかば、東照宮三ヶ條の誓文を御所望有り。秀吉許諾して和平に及ばせ給ひけり。四月秀吉の妹濱松に御座まして、…
- p01…條の誓文を御所望有り。秀吉許諾して和平に及ばせ給ひけり。四月秀吉の妹濱松に御座まして、後に京に登らせ給ふ可き旨を秀吉請ひて、…
- p01…り。四月秀吉の妹濱松に御座まして、後に京に登らせ給ふ可き旨を秀吉請ひて、秀吉の母の大政所を質とせられしかば、都に登らせ給ふ可…
- p01…の妹濱松に御座まして、後に京に登らせ給ふ可き旨を秀吉請ひて、秀吉の母の大政所を質とせられしかば、都に登らせ給ふ可きに定りけり…
- p01…る由諫め申せども聞し召入れ給はず。其時申しけるは、和平又破れ秀吉攻來り候とも、素より鉾先の强きは言にや及び候べき。何十萬の大…
- p01…給へ、と申しければ、東照宮聞し召し、諫むる旨尤理なり。然ども秀吉に畏れて行くには非ず。日本久しく兵亂にて四民安堵せず。此頃稍…
- p01…には非ず。日本久しく兵亂にて四民安堵せず。此頃稍治りたるに復秀吉と弓箭を執らば、何時の世にかは靜謐せん。只疾く秀吉に對面して…
- p01…りたるに復秀吉と弓箭を執らば、何時の世にかは靜謐せん。只疾く秀吉に對面して日本大平の基とせん。若し危難に及びなんには、萬民の…
- p01…の大吉事なり、とぞ仰せられける。井伊直政を御留守居とし、此度秀吉詐を構へ變に及ぶとも危からじ。尾張大納言信雄は必ず吾に告げ知…
- p01…大納言信雄は必ず吾に告げ知せて味方たるべし。丹羽五郞左衞門は秀吉に恨有れば心を合せなん。其外吾に志を寄する人多し。去ども我も…
- p01…なん。其外吾に志を寄する人多し。去ども我も亦其備無からんや。秀吉不意に謀をなすならば、京都に火をかけ東寺に楯籠るべし。其時素…
- p01…云ふ角力取二人は宇治の案內者なれば召具すべし。斯の如くならば秀吉聚樂を退きて大坂に引取らん所を、東寺と淸水と兩方より挾みて打…
- p01…ん所を、東寺と淸水と兩方より挾みて打破らんに恐るゝに足らず。秀吉詐妄の謀を爲さば、吾天下を掌に握るべき兆なり、と仰せられ御出…
- p01…を爲さば、吾天下を掌に握るべき兆なり、と仰せられ御出馬有り。秀吉と御對面事故なく歸らせ給ひけり。然れば危しとは知し召されける…
東照宮聚樂にて秀吉公に御對面の事 卷之七 · 9
- p01…東照宮聚樂にて秀吉に御對面饗禮有りける日、秀吉白き紙子の羽織に繡したるを著られ…
- p01…東照宮聚樂にて秀吉に御對面饗禮有りける日、秀吉白き紙子の羽織に繡したるを著られけり。…
- p03…に人の物を貰ひたる事無し、と仰せあり。長政又、御所望候ひなば秀吉大に悅ばれ候べし。素此羽織は物具の上に著んとの設なれば、一旦…
- p03…との設なれば、一旦は辭し申されんを、强ひて乞得させられなば、秀吉何事の悅か是に增るべき、と强ひ申せば、東照宮止事を得ずして許…
- p03…謁し、さて茶を奉りて後、東照宮彼羽織の事を仰せ出されしかば、秀吉悅びて手づから著せ奉り、扨大名に向ひ、我に物具させまじとの事…
- p03…向ひ、我に物具させまじとの事ならずや。誠に天の冥加に叶ひたる秀吉なり、とぞ語られける。東照宮歸らせ給ひて後、長臣達に聚樂の事…
- p03…長臣達に聚樂の事ども御物語り有りける時、吾に羽織を贈りて後、秀吉吾に物具させまじきとの志なりと諸大名に向ひて云はれしは、斯る…
- p03…させまじきとの志なりと諸大名に向ひて云はれしは、斯る後は爭か秀吉の鉾先に向ふべきと中國西國に語り次ぎ言ひ次いで、普く世人の口…
- p03…の謀輒く測る可きに非ず。力を以て是を推さんとするとも及び難き秀吉なり。去れども吾志す所は別に有り、とぞ仰せありける。…
本多正信遠謀言上の事 卷之七 · 1
- p01…太閤東照宮を饗禮有りしに、かけ盤を始め器不殘葵の御紋を蒔繪にし…
信長公平手政秀を惜み給ひし事附小瀨甫菴信長記太閤記を著せし事 卷之七 · 2
甲陽軍鑑虛妄多き事 卷之七 · 1
- p02…流の劒術の達人武藤十右衞門の論ぜしに、戰には巧拙有りと覺ゆ。太閤秀吉は戰に拙きなり。小牧にて十萬に及ぶ兵を帥ゐて東照宮に對陣し、…
仙石權兵衞九州に間者の事 卷之八 · 1
- p01…秀吉島津を討たんと思ふ事年久し。天正十三年仙石權兵衞を商人の體に…
高橋紹運討死の事附立花統增薩摩に囚るゝ事 卷之八 · 11
- p01…れしより貳心有る者多く出で來て、今斯く衰へたり。然れ共今にも秀吉公大軍にて九州に渡らせ給ひ、薩摩に攻め入られんに、鹿兒島の破れ…
- p06…し。扨統虎も道雪の家を續て立花と稱す紹運も今に有りては關白秀吉に屬し候へば、寶滿も岩屋も關白の城にて候を、渡し參らする事存…
- p06…と稱す紹運も今に有りては關白秀吉に屬し候へば、寶滿も岩屋も關白の城にて候を、渡し參らする事存じも寄らず候、との答を使僧歸り…
- p06…し給はらんや、と言へ共、紹運節義を說きて屈服の色無く、來春は關白九州へ兵を出さる可く候。然らば島津家の存亡も計るべからず。主…
- p06…家天下に旗を立て候べし、と云ひ送りしかば紹運許容せず。人質を關白か大友家に出さん事はさも有りなん。秋月種實龍造寺に組し、夫よ…
- p06…五歲なり。城中以ての外軍兵少く、防ぎ戰ふ可き事思ひも寄らず。秀吉の出師を待ち受く可き間、暫く生き延びて時を窺ふに如ず、と相謀…
- p06…へ使を以て、降參せられんやと言ひ送る。統虎實父にて候紹運は、關白の爲に自害を遂げ候ひき。我又紹運の爲に自害を遂ぐべし、とて、…
- p06…答へられけり。斯る處に八代に陣せられし義久より兩將に下知し、秀吉師を出して打向はるゝ由云ひふらせり。疾く兵を返す可し、と有り…
- p06…入りて火を懸けたりしかば、狼狽て騷ぎ一支もなく迯げ落ちけり。秀吉感狀を賜はり、大に稱せらる。統虎又密に龍造寺に、北の關に押込…
- p06…、尙心元無くや有りけん、薩州に移し下堂院と云ふ所に置きけり。秀吉九州へ渡海し、先陣薩州千臺まで進まれしかば、統虎使を以て、統…
- p06…添ひたる面々も殘りなく引取り、千臺へ行く道海邊を過ぎけるに、秀吉の軍兵船を掛並べ居たるが、落人と見て剩すな、とて小船に乘り、…
志賀親次山海が嶺に兵を伏する事 卷之八 · 1
- p01…亂れ入り、志賀太郞親次獨義久に降らず。義久松の尾の城に在りて秀吉大軍にて九州に渡らるゝと聞きて、薩州に引退く。親次大に悅び、…
薩摩勢根白の砦を攻むる事 卷之八 · 3
巖石城合戰坂小坂先登の事 卷之八 · 4
秋月種長降參の事 卷之八 · 9
- p01…秀吉島津を伐たるゝ時、秋月種長小熊の城を出て、秀吉の陣に至り降參…
- p01…秀吉島津を伐たるゝ時、秋月種長小熊の城を出て、秀吉の陣に至り降參しければ、秀吉對面降參の禮を受けて後更に心置く…
- p01…るゝ時、秋月種長小熊の城を出て、秀吉の陣に至り降參しければ、秀吉對面降參の禮を受けて後更に心置く事無し。家に傳はりたる楢柴の…
- p01…一目見ばや、と問はれしに、種長、速に取り來り候べし、と云ふ。秀吉、然ば使を以て取寄せよ、とて秋月の從者を返して彼の茶入を取來…
- p01…ば使を以て取寄せよ、とて秋月の從者を返して彼の茶入を取來る。秀吉見て、聞きしに優れる物なり。家の寶たれども我に得させてんや、…
- p01…、旣に兜を脱いで參り候上は、何條惜む可き樣の候べき、と申す。秀吉殊に悅ばれ、久しく我陣所に在りて軍兵共怪しみ危む可きよ。疾歸…
- p01…くなる可し、と言はれしかば、種長悅びて馳歸る。種長が士卒、若秀吉種長を害せらるゝならば、秀吉の陣に駈け入り、切死にせんと思ひ…
- p01…種長悅びて馳歸る。種長が士卒、若秀吉種長を害せらるゝならば、秀吉の陣に駈け入り、切死にせんと思ひ定めて居たりけるに、歸りて委…
- p01…に駈け入り、切死にせんと思ひ定めて居たりけるに、歸りて委しく秀吉の詞茶入を乞はれし有樣を語りければ、皆、思ひも寄らぬ事よ、と…
新納武藏守豪氣事の 卷之八 · 9
- p01…。勇名を以て指を折る時第一なり、とて大指武藏と稱しけり。義久秀吉に降參の時、新納は肥後の堺泉の城に在り。一說に大口と有り…
- p01…。疾陣を寄せさせ給へ。一軍して討死仕らん、とぞ申し送りける。秀吉頓て師を城下に進めらるゝに、彼の城の路三四里が程は、馬の鞍を…
- p02…一說に、島津降參の後、鹿兒島の外の城々は壞つ可き由秀吉下知せられしに、新納は城に籠り專ら防戰の手段を爲し、其身も病…
- p02…籠り專ら防戰の手段を爲し、其身も病と稱して引籠り居たりしに、秀吉聞かぬ體にして歸京ありけり。其後島津上京し武藏守も供したりし…
- p02…して歸京ありけり。其後島津上京し武藏守も供したりしに、程經て秀吉、何とて新納が城をば壞捨てず、合戰の設したるや怪しき事なり、…
- p02…開く事も古より其例無き事に非ず。只今日本の主と世に稱し申し候關白樣、遙に筑紫の果迄引出し奉り、鹿兒島に申請け候事は島津が家の譽…
- p02…き奴め踏潰せとて軍兵を向けられんは必定なり。其時一戰仕らば、關白の御馬を向けさせられたる城なりと末代迄も申し傳へなんには、子…
- p02…可きには候はねども、新納肥後口を防ぎたらんには、地は嶮なり。關白殿下如何に智謀逞しく御座しまし候とも、輙く攻入り給はん事は思ひも…
- p02…きに、今に至りて殘念なる事共なり、と恐るゝ所なく申しけるを、秀吉聞きて、新納は聞き及びたる勇將なり、とて大言の咎は更に無かり…
黑田家岐井谷合戰の事竝小川傳右衞門野村太郞兵衞岐井友房を斬る事 卷之九 · 1
- p01…秀吉黑田勘解由孝隆に豐前國を與へられしに、一揆處々に起る。中にも…
豐臣關白北條征伐出陣の事附本多重次放言の事 卷之九 · 5
井伊直政關白を討たんと言はれし事 卷之九 · 1
- p01…先陣を好まれしに、此時は少も辭退の氣色無かりしに、小田原にて秀吉側の人僅に引具せられしを見て、唯今取圍みて討取るべき時に候、…
上樣日和といふ事 卷之九 · 1
- p01…嶽を倒しかくるが如し。船をかけ並ぶる事思ひも寄らぬ所なるに、秀吉城を圍まれし間五十餘日風靜に波穩かなり。是よりして小田原海邊…
伊奈熊藏兵粮を司る事 卷之九 · 1
- p01…長束は武功勝れたるにも非ざれども、斯る謀は長じたる者なれば、秀吉城主として寵せらるゝぞかし。汝が職にては兵粮運漕の事能く心得…
蒲生氏鄕の陣夜討の事附氏鄕金の三階菅笠の馬印を免されし事 卷之九 · 2
信雄卿那須に謫せらるゝ事 卷之九 · 3
坂部岡江雪免さるゝ事 卷之九 · 4
關白鶴ケ岡參詣の事 卷之九 · 1
- p01…秀吉鎌倉の鶴ヶ岡に詣でて、八幡宮の戶を開かせ賴朝の像を見られしが…
關白宇都宮にて佐野天德寺と物語の事 卷之九 · 3
蒲生氏鄕大志の事 卷之九 · 1
- p01…秀吉陸奧に赴き、蒲生氏鄕に八十萬石の地を賜はりけり。氏鄕退出し柱…
蒲生家の士大將軍兵調練の事 卷之九 · 3
氏鄕伊達家の刺客を免されし事 卷之九 · 2
氏鄕佐々木が鐙を細川忠興に贈らるゝ事附黑塚の歌の事 卷之九 · 3
成瀨正成忠信の事 卷之九 · 5
- p01…秀吉大坂にて馬揃の時、千貫矢倉に上り觀られしに、黑き馬の太く逞し…
- p01…に、と問るゝに、東照宮、二千石與へ置きたり、と仰せられしに、秀吉、天晴吾に奉公せば五萬石與ふ可き、と言はれしに、其後東照宮成…
- p01…可き、と言はれしに、其後東照宮成瀨を召して、云々の事有りき。秀吉に仕へなんや、と仰有りければ、成瀨承り、こは御情なき事に候、…
- p01…有りければ、成瀨承り、こは御情なき事に候、と申す。否とよ、汝秀吉に奉公せば我爲にもよかりなん、と仰せられしに、成瀨淚を流し、…
- p01…るも愚に候。只疾く自害して心を證さん物を、と申ければ、其由を秀吉に御物語有りけり。後に東照宮長臣數多召され、古に聞きし三尺の…
豐臣關白五腰の刀の主を察せられし事 卷之九 · 2
竹俣兼光の刀の事 卷之九 · 1
- p01…後に持歸りて、彼の穴に馬の毛を通して景勝に見せけり。其後此刀太閤に奉る。秀賴亡びて落武者取て和泉河內の方へ行きたりと聞えしか…
冑の名樣々有りし事 卷之九 · 1
- p01…、蒲生氏鄕の銀の鯰尾、伏木久內がわり蛤、武田信玄の諏訪法性、秀吉の八日の月、加藤淸正の長烏帽子、矢田作十郞が鯉の冑、藤堂新七…
伊藤七藏高名の事 卷之九 · 2
黑田孝高法體の事 卷之九 · 7
- p01…孝高は智謀衆に超えし良將にて、常に天下の望み有りけるが、或時豐臣秀吉孝高を召され酒宴を催し尋ねけるは、如何に孝高、今天下に英雄豪…
- p01…ふや。孝高打笑ひ、某の如き者に爭でか之を知る事を得べけんや。秀吉、我れ試に論はんと思ふなり。先づ言うて見られよ。孝高已を得ず…
- p01…下に威名高く、天下をも掌握すべき者は中國の毛利輝元なるべし。秀吉莞爾と笑ひ、誠に輝元は今十餘ヶ國を切り隨へ、其威破竹の如くな…
- p01…を保つこと叶はんや。其外に一人在り知らずや。孝高驚きて問ふ。秀吉、眼前にありと。孝高、眼前とは何れに居り候や。秀吉、卽ち其方…
- p01…きて問ふ。秀吉、眼前にありと。孝高、眼前とは何れに居り候や。秀吉、卽ち其方なり、と聞きて孝高大に驚き、額に汗を流して、何條愚…
- p01…何條愚昧の某斯る大器に當らんや、と對へしが、孝高は我が胸中を秀吉に見拔かれ、針の莚に座する心地して、其日の酒宴を退出し、我館…
- p01…針の莚に座する心地して、其日の酒宴を退出し、我館に歸り、所詮秀吉に見拔かれし上は、我が身の命も危し、と夫れより世を悟り直樣入…
太閤勇氣大言の事 卷之九 · 3
曾呂利新左衞門屢頓智の事 卷之九 · 24
- p01…堺の鞘師始めて太閤に謁しける時、太閤、汝の姓名は何と申するぞ、と問ひけるに、其…
- p01…堺の鞘師始めて太閤に謁しける時、太閤、汝の姓名は何と申するぞ、と問ひけるに、其者の對ふるやう、臣…
- p01…るに、其者の對ふるやう、臣が姓名は卽ち曾呂利新左衞門と申候。太閤、ハヽア奇な姓も有るものなる哉。して其曾呂利と申す姓には何ぞ…
- p01…る鞘は堅くして曾呂利と入り敢て閊へず。是を以て曾呂利と申候。太閤、這は奇なり、又折節來らるべしと。他日又太閤に謁しけるに、太…
- p01…て曾呂利と申候。太閤、這は奇なり、又折節來らるべしと。他日又太閤に謁しけるに、太閤問うて曰く、汝の姓名は何とか申せしな。對へ…
- p01…閤、這は奇なり、又折節來らるべしと。他日又太閤に謁しけるに、太閤問うて曰く、汝の姓名は何とか申せしな。對へて曰く、曾呂利々々…
- p01…は何とか申せしな。對へて曰く、曾呂利々々々新左衞門々々々々。太閤怪みて其重言を尋ねけるに、新左衞門の對ふるやう、殿下先きに臣…
- p01…々々々。太閤怪みて其重言を尋ねけるに、新左衞門の對ふるやう、殿下先きに臣の姓名を問ひ、今又重ねて問ふ。故に臣も亦殿下重問の意…
- p01…るやう、殿下先きに臣の姓名を問ひ、今又重ねて問ふ。故に臣も亦殿下重問の意に從ひ、同じく重言を以て對へ候なりと。新左衞門或時太…
- p01…下重問の意に從ひ、同じく重言を以て對へ候なりと。新左衞門或時太閤に對ひ、願くは一日御耳の匂を臭がせられ度し、と有りければ、太…
- p01…閤に對ひ、願くは一日御耳の匂を臭がせられ度し、と有りければ、太閤は不審しく思ひ、頓智夫又何をか爲すらんと疑ひしが、何は兎もあ…
- p01…臭がれよ、と許されしかば、大名の御機嫌伺ひに出づる時を窺ひ、太閤の耳根に口寄せて何やら言ふの體なれば、皆々心中密に驚き、頓智…
- p01…云ふらんか。若しや我れを讒言する者には非ざるか。頓智夫は頗る殿下の寵愛する所なれば、頓智夫が云ふ事御用ゐ有らんも亦測られずと…
- p01…が方へ贈りけるにぞ、數日にして金銀財寶山嶽の如く集ひければ、太閤の御前に出で謝して云へるやう、殿下一日の御耳を拜借し御馥郁き…
- p01…財寶山嶽の如く集ひければ、太閤の御前に出で謝して云へるやう、殿下一日の御耳を拜借し御馥郁き匂を臭ぎたる功能によりて、金銀財寶…
- p01…寶山嶺の如く集ひ來りて、殆ど座するの餘席之れ無く候。是れ全く殿下の御耳の功能なり、と有りければ、太閤も亦呆然として驚愕きける…
- p01…餘席之れ無く候。是れ全く殿下の御耳の功能なり、と有りければ、太閤も亦呆然として驚愕きけるとなん。又或日の事なりしが、新左衞門…
- p01…も亦呆然として驚愕きけるとなん。又或日の事なりしが、新左衞門太閤の機嫌を取り、頗る其功ありける程に、太閤の申しけるに、何なり…
- p01…事なりしが、新左衞門太閤の機嫌を取り、頗る其功ありける程に、太閤の申しけるに、何なりと汝の望める物を賜はせん、と有りけるに、…
- p01…う、臣敢て大なる望みも之れ無く、唯紙袋二個程米を賜はりたし。太閤、开は甚々易き事なり。餘り寡欲の至りならずや、と仰せ有りける…
- p01…て退出なせしが、軈て二個の紙袋を張拔き、數十百人を雇ひ來りて太閤の御前に出で、前日御約定の米此に賜はり度し、と米倉二戶前を蓋…
- p01…定の米此に賜はり度し、と米倉二戶前を蓋うたりけるにぞ、流石の太閤も是れには呆れて、暫し言句も無かりける。又或日の事なりしが、…
- p01…れには呆れて、暫し言句も無かりける。又或日の事なりしが、甞て太閤數多金銀の蟹を鑄造らせ、之を庭の泉水或は其近邊に放ちて娯樂と…
- p01…れば、此の蟹を集へて角力を致さんと存ずるなり、と云ひければ、太閤、角力とありては五個や十個にては其興薄かるべし。悉皆持ち行く…
澤村大學朱柄の鎗を持する事 卷之十 · 3
朝鮮陣の時東照宮御遠慮の事 卷之十 · 1
- p01…東照宮江戶に御座しませしに、秀吉の使來りて朝鮮を伐たるゝ由を申す。斯て一人書院に御座しまして…
太閤名護屋にて大言の事 卷之十 · 5
- p01…明の援兵大軍にて朝鮮に來り、日本の軍危しと太閤聞かれ、軍評定有りし時蒲生氏鄕進み出で、何程の事か候べき。氏…
- p01…鮮を賜り候へば、切取にして打破る可きものを、と言はれしかば、太閤是より氏鄕の大志有るを忌み憎み給ふ。又同時隆景使を以て、隆景…
- p01…て明朝に押入り北京を攻落すべし。此旨申せと申して候、といふ。秀吉、小早川の智謀さぞあらん。人々能く聞かれよ。秀吉功を遂げずし…
- p01…候、といふ。秀吉、小早川の智謀さぞあらん。人々能く聞かれよ。秀吉功を遂げずして死するとも、秀次を大將として明朝に攻入らん時、…
- p01…はれしかば、施藥院秀成、夫は北野の天神の御事にて候、と申す。秀吉、夫ぞかし。雷になりて天に上りしと言ひ傳ふれど、吾陰囊の垢程…
加藤嘉明拔懸高名の事 卷之十 · 1
- p01…るを、僅の士卒にて悉く海に切沈めたるは古今に稀なる事共なり。秀吉感狀を與へ、六萬二千石に增祿して十萬石を與へらる。池田家の長…
淺野長政諫言の事 卷之十 · 8
- p01…太閤名護屋に御座して朝鮮の軍はか〲しからぬを怒り、諸大將を集め、…
- p01…屋に御座して朝鮮の軍はか〲しからぬを怒り、諸大將を集め、今は秀吉自ら押渡るべし。三十萬の軍勢を三手にして利家氏鄕に先陣させ、…
- p01…、と仰せられけるに、淺野彈正少弼長政進み出て、暫く待ち候へ。殿下此年月の御振舞昔に替りて候。古狐の入替りたると存ずるなり、と…
- p01…昔に替りて候。古狐の入替りたると存ずるなり、と申しも果てぬに太閤大に怒り、やあ秀吉が心に狐の入替りたる所謂屹と申せ、申損じな…
- p01…の入替りたると存ずるなり、と申しも果てぬに太閤大に怒り、やあ秀吉が心に狐の入替りたる所謂屹と申せ、申損じなば首打落さんものを…
- p01…も爭か是を防ぎ給ふべき。爰を思し召して先陣とは仰せ候やらん。殿下昔の御心ならんには、是程の事など御心附の無るべき。是唯事に非…
- p01…る鼈は必ず人に捕らるゝとは此事に候、と憚る所なく申し放てば、太閤、何れにもせよ己が主に斯雜言するこそ奇怪なれ、とて飛蒐らんと…
- p01…ちて陣所に歸る。斯る所に肥後國に逆徒一揆を企つと聞えければ、太閤大に驚き、長政を召出し、汝が嫡子左京大夫幸長罷向ひて切靜むべ…
淸正の武備嚴重なりし事 卷之十 · 1
- p01…兵城々を守りて、七八里或は十里許にて件の城を設けたり。淸正を太閤呼れしかば、日本に歸るとて打立たれけり。戶田民部少輔高政密隅…
淸正の花押筆畫多かりし事 卷之十 · 1
- p01…朝鮮より諸將連判の書を太閤に奉る時、淸正の花押殊に筆畫重り、稍暇要りしかば、福島正則冷…
石田三成が事 卷之十一 · 3
關白秀次公生害の事附吉田修理が事 卷之十一 · 5
木村常陸介最後の事 卷之十一 · 5
- p01…樂を出て伏見に赴かせ給はんと定められし時、師春申しぬるには、太閤御對面だに御座しまさんには、讒者の程明め給はん。然れども、夫…
- p01…甲斐無く御身を白刄に伏し給はん。必ず此二つの間なるべし。天晴太閤の使者を斬つて捨て、諸將の妻子聚樂に有るを人質に取り、罪無き…
- p01…く聚樂を出でさせ給ふ樣や有るべき、と再三諫め申しけれども、吾太閤に敵する心無しとて承引候はざりき。然れば關白に於て異心座しま…
- p01…其恩黃泉の下にも忘るべからず、と云ひ置きけるを、松田折を得て秀吉に申しければ、太閤木村が志を愍みて、妻子に米百石を與へて、京…
- p01…るべからず、と云ひ置きけるを、松田折を得て秀吉に申しければ、太閤木村が志を愍みて、妻子に米百石を與へて、京都誓願寺の近所に住…
秀吉有岡城へ使者に行かれし事附河原林越後山脇源大夫が事 卷之十一 · 7
- p01…秀吉信長の使者として荒木村重が有岡の城に來る。村重が士河原林越後…
- p01…刺殺さん事易からん、と村重に囁きけれども村重聞入れず。此事を秀吉に語りければ、秀吉治冬を呼出して懇に詞をかけ、差したる脇指を…
- p01…、と村重に囁きけれども村重聞入れず。此事を秀吉に語りければ、秀吉治冬を呼出して懇に詞をかけ、差したる脇指を拔きて引出物にぞし…
- p01…を拔きて引出物にぞしたりける。村重、指替の無くて、と言へば、秀吉、吾刀一つを頼みて信長に奉公する者に非ず、と言はれけり。後秀…
- p01…吉、吾刀一つを頼みて信長に奉公する者に非ず、と言はれけり。後秀吉世を平げて治冬を深く惡み、探し出して殺されけるに、治冬君の爲…
- p01…して殺されけるに、治冬君の爲に其仇を除くは武士の常の事なり。秀吉舊き怨を忘れず無道なり、と言ひて死したりけり。…
- p02…秀吉河原林に與へられし脇指は三條吉廣が作なり。河原林が舊友山脇源…
成田助九郞誅せらるゝ事 卷之十一 · 4
秀吉公連歌の事 卷之十一 · 3
三木牛之介鍬形の詩歌の事 卷之十一 · 2
谷大膳武勇討死の事 卷之十一 · 9
- p01…天正六年秀吉播州三木の別所長治を擊つ時、谷大膳は濱手の大將たり。兼て大膳…
- p01…別所長治を擊つ時、谷大膳は濱手の大將たり。兼て大膳は寄騎にと秀吉望まれしか共、信長許されずして加勢たらしめらる。大膳、敵三騎…
- p01…勢たらしめらる。大膳、敵三騎と馬上にて鎗を合せ皆討取りたり。秀吉、疾かさの丸出丸の名なり攻められよ、といへば、大膳、城…
- p01…れよ、といへば、大膳、城堅固にして容易に攻取り難し、と答ふ。秀吉、日頃勇名高き大膳、小城一つ破り兼たるや、と詞を懸けられけれ…
- p01…膳、小城一つ破り兼たるや、と詞を懸けられければ、大膳も怒り、秀吉も旣に刀の柄に手を懸くべき色なりしかば、竹中半兵衞立塞がり、…
- p01…を盡すべきに如何なる事ぞ、といふ處に、蜂須賀彥右衞門も來りて秀吉の轡を取て押返す。夜に入りて秀吉酒肴を持たせて大膳が陣屋に至…
- p01…處に、蜂須賀彥右衞門も來りて秀吉の轡を取て押返す。夜に入りて秀吉酒肴を持たせて大膳が陣屋に至り、今日の武功拔群なり。先の問答…
- p01…、大膳は息絕えたり。出羽は父の死骸を陣屋に入れ、取りたる首を秀吉の實撿に備ふ。秀吉大膳が討死せし由を聞きて、せめて死骸になり…
- p01…。出羽は父の死骸を陣屋に入れ、取りたる首を秀吉の實撿に備ふ。秀吉大膳が討死せし由を聞きて、せめて死骸になりとも對面せん、とて…
戶川肥後守秀吉公を負ふ事 卷之十一 · 4
黑田如水先見の事 卷之十一 · 2
石田三成直江兼續密謀の事 卷之十一 · 2
石田が黨東照宮を謀り奉らんとせし事 卷之十一 · 2
細川忠興忠告の事 卷之十一 · 1
- p04…、中村式部少輔一氏、堀尾帶刀吉晴三人和平を取計ふべし、と兼て太閤の遺言に因りて、井伊直政に就きて和平の事を謀れりとも言へり。…
東照宮細川家の難を救ひ給ひし事 卷之十二 · 2
七人の大將石田を討たんとせられし事 卷之十二 · 3
下野國小山にて上杉入庵議論の事 卷之十二 · 1
- p01…心中の難義察せられぬ。且豐臣家の爲めに企つる旨申し振らせば、秀吉の恩を請けたる人々多ければ、疾く大坂に赴き妻子の形附け、又は…
株瀨川合戰の事 卷之十三 · 1
- p02…よく候。大夫殿の押附羽織の後紋を見申したる事も有りき。式部事太閤より以來先陣を勤め、何れの軍にも功名遂げ候。兎角仕りて御目に…
飯尾甚大夫一騎先駈の事附成合平左衞門が事 卷之十三 · 4
大谷吉隆平塚爲廣最後合戰和歌贈答の事 卷之十三 · 1
- p01…三成悅んで、今度關東を討亡すべき謀をぞ語りける。大谷驚きて、故太閤常に德川殿の智勇の備りたるを崇敬御座しましき。今德川家を打亡…
細川忠興の北の方義死の事 卷之十四 · 2
安養寺門齋三成を生捕らんとせし事附姉川合戰の時門齋生捕られし事竝遠藤喜右衞門討死の事 卷之十四 · 3
伏見落城の事附鳥居忠政雜賀孫市を饗されし事 卷之十四 · 1
- p01…事然る可しとは存候はねども、思慮の及ぶべきに非ず。伏見の城は太閤築かれ候て、今德川殿姑く預りて御座しませば、德川殿の城と申す…
田邊城勅命に依りて和平の事附細川幽齋古今集傳授の事 卷之十四 · 1
- p09…返に、萬代をちかひし龜の鏡しれいかでかあけんうら島がはこ其後秀吉遺言して、豐後臼杵を幽齋の男忠興に換へ與へられしかば、光廣卿…
伊勢國阿濃津城軍の事附佐治縫殿が事 卷之十五 · 1
- p02…佐治縫殿は近江甲賀郡伊佐野村の人にて、父を左京といふ。秀吉の爲に城を落され流落して、縫殿九つの歲富田信高に仕へ、十四に…
石田三成生捕らるゝ事 卷之十五 · 2
小幡助六郞忠死の事 卷之十五 · 1
- p01…て上野の人なり。十五歲にて大坂に赴き諸家の體を見るに、石田は太閤無二の寵臣なれば仕へけり。後祿二千石を與へけり。關ヶ原にて三…
三宅喜藏武勇の事 卷之十五 · 1
- p01…て、速に國境に馳せ行き、押寄する軍兵を追散したる勇士なるが、秀吉の勘氣にて小西行長が許に隱れて、朝鮮にても武勇の振廻せしなり…
肥後國宇土城攻杉本次郞介夜討の事 卷之十五 · 1
- p01…田中は其初盜賊にて有りしが、石川五右衞門と言へる强盜の長を、秀吉の時京の三條河原にて刑罪せられしに、道々見物の男女群をなす。…
小早川隆景遺訓の事 卷之十六 · 1
- p01…はれしかば、元就悅びて、隆景の詞に從ふべし、と言はれしとぞ。秀吉九州を討平げられて後筑前五十萬石を小早川に與へられしに、隆景…
出羽國長谷堂合戰上泉主水討死の事 卷之十六 · 1
- p01…り。譽有りし者なるが、京の相國寺の內に落ぶれ身を寄せ居しを、秀吉の時直江景勝の供して京に至りしが、傳へ聞きて對面し、樣々上泉…
越後國一揆堀直寄武功の事附千利休が事 卷之十六 · 9
- p01…藤已下五千許猶山に據り、前に平田を當てて陣しければ、直寄、昔太閤の前にて、允長老の孫子を讀みしを聞きたるに、兵以…
- p02…直寄は秀政の長臣堀監物直政の次男なり。十三歲にて陪臣なれ共太閤の小姓に召出され、左右を離れざる寵臣なり。初三十郞といひける…
- p02…左右を離れざる寵臣なり。初三十郞といひけるが後丹後守と稱す。太閤或時茶室に入りて火を點し炭を入るゝ時、千利休が幽靈現れ來て黑…
- p02…の中より光生じ息に火を吐く。左右に有りける侍女恐れ合へるに、太閤炭を入れ終りて、無禮なり、とてはたと睨まれしかば、利休が形退…
- p02…りて、無禮なり、とてはたと睨まれしかば、利休が形退きて坐す。太閤常の居間に出で、丹後守を呼んで、化物數奇屋に有り。叱り來れ、…
- p02…羽織を與へらる、利休は茶の湯を好みて世に名あり。天正十八年、秀吉南禪寺より黑谷へ出でらるゝ山際の道にて、女房の下部に破籠持せ…
- p02…道にて、女房の下部に破籠持せ、山々の花を眺めて靜に來りしが、秀吉の先拂の者を見て、花の木蔭に立隱れたるが、言ふ許無く美麗なり…
- p02…られしに、女を商したりとて人に言はれんが口惜し、とて出さず。秀吉利休を憎まれしに、利休木像を作り大德寺の山門に置きたり。太閤…
- p02…秀吉利休を憎まれしに、利休木像を作り大德寺の山門に置きたり。太閤、山門は天子を始として通らせ給ふ、頭上に然する事無禮なり。且…
眞田昌幸父子三人始末の事 卷之十七 · 15
- p01…ひ候まじ、と申しけり。豐臣家に屬すべき由を云ひ送りし其折柄、秀吉、東照宮の上京無き事を怒りて此を悅び、密に上杉景勝に、眞田に…
- p01…松より井伊直政、大須賀康高を始として五千餘援兵たり。されども秀吉の下知により、景勝大軍にて眞田の後卷するとの聞え有り。諸將相…
- p01…に引取りたる事、吾計の及ぶべきに非ず、と云ひけり。其後東照宮太閤と和平なりしかば、景勝の加勢の賴みも無く、信州甲州の人々を眞…
- p01…しかば、景勝の加勢の賴みも無く、信州甲州の人々を眞田賴みて、秀吉に申して德川家に歸り屬すべき旨を申せば、御許容あり。天正十五…
- p02…が女を信之が妻にせん事更に望みに候はず、と申す。東照宮此事を太閤に御物語有りしに、忠勝が女を養うて、今は我女なりといはせられ…
- p03…を北條に渡すべき旨を示されなば、氏政上京せん、とぞ申しける。秀吉聞き給ひ、往年の事審に知らざる事なり。北條家に土地の事能知る…
- p03…規に暇給はりぬ。翌年坂部岡越中融成入道江雪大坂に赴きければ、秀吉事の由を聞き給ひ、眞田が上州の內の所領三分二竝に沼田の城を北…
- p03…名胡桃の城を眞田が領せし事を怒り謀つて城を奪ひ取りたり。昌幸太閤に訟へしかば、太閤、北條は沼田を得ば上京すべきと約しながら、…
- p03…領せし事を怒り謀つて城を奪ひ取りたり。昌幸太閤に訟へしかば、太閤、北條は沼田を得ば上京すべきと約しながら、遲緩を怒られし上に…
- p03…られし上に此事を聞きて、氏政を征伐せんと志決して、天正十八年秀吉師を出して小田原に打向はる。東山道の先陣前田利家確氷嶺に至り…
- p03…之後伊豆守城に入る事を得たり。昌幸は去る天正十三年以來秀吉の恩顧を得しかば、大谷吉隆に申して次男信仍を秀吉の許に人質に…
- p03…正十三年以來秀吉の恩顧を得しかば、大谷吉隆に申して次男信仍を秀吉の許に人質に出しけり。其後石田兵を起すの時、眞田父子三人は奧…
- p04…し上田を攻めし時、景勝加勢候ひし其報禮などか無かるべき。其比秀吉公和平を取行ひ給ひ、武名を世に擧げしかば、豐臣家の恩淺しと言ふ…
- p04…失ひ申さん志なり、といへば、昌幸聞きて、兄弟の爭各其理有り。太閤世を過させられし後此事の起れるも、必ず秀賴公の爲にする忠に非…
- p06…らせ、其後城を攻破るべし、と仰せ送らせられしに、昌幸聞きて、太閤恩深き人々の背き候は、此人々心の同じからざる故なり。旣に子に…
佃次郞兵衞伊豫國松前城を守る事 卷之十七 · 1
- p01…討取り、大洲の加勢を辭せし事、勇といひ忠といひ優れたり、とて太閤より賜ひたる物具に感狀を添へて、浮穴郡久萬山の庄六千石を與へ…
加藤忠廣物語竝飯田覺兵衞が事 卷之十八 · 1
- p01…。此覺兵衞は淸正の時武功の大將なり。初は角といふ字なりしに、太閤覺の字に書替へさせられしとぞ。覺兵衞云ひけるは、我一生主計頭…
藤惺窩秀吉公を論ぜられし事 卷之十八 · 1
- p01…惺窩藤斂夫東照宮の御前にて、秀吉は大膽なる人なれども大心なりとは申すべからず。朝鮮より明へ攻…
福島正則領國を召放さるゝ始末の事 卷之十九 · 1
- p08…崎を置かれけり。石田三成大垣の城に入りて、使を以て、福島家は太閤の恩篤き人なれば、今度無二の味方に候。淸洲を明けられよ。兵を…
後藤又兵衞花房助兵衞見切暗合の事 卷之二十 · 1
- p03…更に違はざりければ、人々聞き傳へて稱しけり。花房助兵衞職之は秀吉の心に忤ふ事有りて、佐竹が許に流され居けるに、東照宮御心を附…
增田兵大夫討死の事 卷之二十一 · 1
- p01…寄りて討取り、其首を得たれども名を知らず。刀を分捕したるが、秀吉より長盛に給はりしもの故、兵大夫とは知られしとぞ。…
藤堂家合戰渡邊勘兵衞功名の事竝渡邊始末の事 卷之二十一 · 1
- p02…を本丸の隅矢倉に押立てさせ、中村式部少輔一番乘と呼はりけり。秀吉錦の羽織を一氏に與へられしかば、我今日の功名は汝故なり、とて…
伊藤武藏守馬驗を拾ふ事 卷之二十二 · 1
- p01…同じ日秀賴は樓門に打出でて、灑金を緋威にしたる物具著て、太閤の時より傳へられし金の切さき二十本、茜染の吹貫十本、玳瑁の千…
郡主馬が事 卷之二十二 · 2
後藤又兵衞が事 卷之二十二 · 1
- p01…ず候。其故は、去年より政次を賴み思召候は、高麗まで攻められし豐國明神の嗣にて候。また政次內通せば、天下分目の軍容易く破るべしと仰…
古田重勝滅亡大河內元綱先見の事 卷之二十二 · 1
- p01…古田織部重勝は太閤の家人、若き時より茶事を好きて千利休が門人にて、此事好む人は…
東照宮松倉市橋堀桑山別所五人へ御遺言の事 卷之二十三 · 1
- p01…前に馬を乘迴し、先年筑紫にて、島津が退口を尾藤が慕はざりしを太閤怒られき。只今追駈くべき圖を外す事無念なり。斯く申す孫三郞は…
永田治兵衞功名の事附樫井合戰の事 卷之二十三 · 1
- p02…、小田原、山中、武藏忍、岩槻の城攻にも度々功名したりければ、秀吉是を賞せらる。文祿年中朝鮮蔚山にて敵六騎と馬上にて太刀打し、…
森寺藤左衞門池田家興立の事竝森寺政右衞門武勇の事 卷之二十三 · 2
島原落城の砌平塚勘兵衞比類なき働の事 拾遺 卷之一 · 1
- p01…平塚又起上り、塀下へ附き其働比類なし。但し平塚勘兵衞重近は、秀吉公御いとこ平塚因幡守吉就が甥なり。乃美庄右衞門は、小早川隆景家…
筑前岩出城攻秀康御年十四歲にて武勇御心入の事 拾遺 卷之一 · 3
家康公駿府御花見の事 拾遺 卷之二 · 8
- p01…天正十八年秀吉卿北條家を退治として、小田原へ發向の前方、家康公も頓て御出陣の…
- p01…手一戰の時、晝の合戰には我ら勝にて小牧の要害へ取入り居候處、秀吉は二重堀の陣場より一戰の心掛にて馳來られ候へ共、日暮に及び、…
- p01…等不用して其夜中に小牧の陣所へ引取り候。其夜仕かけ候はば、太閤を必打留め申べきと有る心にて候か。左樣候はば勝利は疑なしと存…
- p01…逢ひ候へども、私は小牧の御留主に居申し、一入夜軍望しく存候。太閤を打留め候處までは心附申さず、と申上げらる。井伊、榊原も申さ…
- p01…もなく、無法の陣取と申候に附、御仕掛候はば御勝利と存奉り候。秀吉を是非打取り候處までは考へ申さず由申上げられ候。權現樣御聞き…
- p01…る事なり。其節夜軍にかゝらば必ず勝つべしとは思ひ候。然ながら太閤を打漏し候はば、散々のこと候と思ひ、右趣を川ひざるなり。其子…
- p01…し候はば、散々のこと候と思ひ、右趣を川ひざるなり。其子細は、秀吉は一度天下一統の大功を立てんと含まれ候。然るに長久手十萬の勢…
- p01…陣も譽なるに、晝の一戰勝つこと十分の仕合なり。又夜軍に勝つて秀吉を打洩し候はば、至極の負を憤り、天下の望より先德川家を潰すな…
上杉浪人門田造酒之丞物語の事 拾遺 卷之二 · 1
- p01…り。最上殿と千安にて本條戰の時に甲を切割る。此刀正宗なり。後秀吉公御代に伏見御普請に附、本條重長在京し勝手詰り、彼の刀を賣る。…
同御合戰毛利秀元戰場にて東方へ返る事 拾遺 卷之二 · 1
- p01…方犇と取結び、地煙を立て攻戰ふ。さる程に宇喜田秀家無二の西方太閤の御時より五大老の其一人、今日の長將なれば、八千の人數五千先…
家康公慶長五年七月會津御發向の事 拾遺 卷之四 · 1
- p01…が原新城は、直江山城守上意を得て公儀濟みたる上なり。又在國は秀吉公御在世の砌り、五年在國の御暇濟みたる所なり。然れども押附けて…
秀吉尾州進發の事 拾遺 卷之四 · 3
秀吉岐阜攻の事 拾遺 卷之四 · 8
- p01…豐臣秀吉は、智練のみにあらず。天運に乘じたる人なり。織田信孝岐阜の城…
- p01…のみにあらず。天運に乘じたる人なり。織田信孝岐阜の城に據りて秀吉を拒む。これ柴田勝家と約して、秀吉岐阜を責ば、我柳瀨より出て…
- p01…。織田信孝岐阜の城に據りて秀吉を拒む。これ柴田勝家と約して、秀吉岐阜を責ば、我柳瀨より出て秀吉を挾討たん、と謀る處なり。秀吉…
- p01…を拒む。これ柴田勝家と約して、秀吉岐阜を責ば、我柳瀨より出て秀吉を挾討たん、と謀る處なり。秀吉これを知らず。已に岐阜を圍まん…
- p01…秀吉岐阜を責ば、我柳瀨より出て秀吉を挾討たん、と謀る處なり。秀吉これを知らず。已に岐阜を圍まんとする前夜、甚雨有りて、呂久合…
- p01…々たれば涉る事あたはず。川の此方に陣す。勝家柳瀨に出づれば、秀吉岐阜をすてて柳瀨に向ふ。洪水の故に信孝尾擊する事不能。勝家…
- p01…事不能。勝家の謀は、却て不意に遇ふ端となり、又甚雨洪水は、秀吉をすくへるにあらずや。後小田原の城を圍むとき、城南の海上は、…
- p01…、舟を置く事成りがたき處なり。其後小田原の海上東風なき日は、上樣日和、と云ひならはせり。…
豐前國紀伊谷紀伊彌三郞籠城の事 拾遺 卷之四 · 1
- p01…秀吉、黑田如水をして豐前國に封ぜらる。日隈の城に一揆あり。如水の…
源君長久手御馬揃の事 拾遺 卷之四 · 3
權現樣豐臣太閤に御對面の時の事 附錄 雨夜燈 · 3
古の名將學問和歌を嗜まれし事竝酒和田喜六器量の事 附錄 雨夜燈 · 1
- p11…り、蒲生飛驒守氏鄕は伊勢の松崎十二萬石より、奧州會津百萬石を太閤に拜領あり。奧州を切り靜めたる無雙の猛將なりけれども、極めて…
中院內府幼き宮に後見の事竝本多佐渡守謀計の事 附錄 雨夜燈 · 1
- p01…て、秀賴はかしこき人なり。中々人の下知を受くべき人に非ず。父太閤の跡を繼ぎなん、と驚き給ひて上意ありけり。正信承り、いや私は…
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