常山紀談本文データベース

目次 › 卷之十五 › e355

○肥後國宇土城攻杉本次郞介夜討の事

卷之十五 第13話 · 段落 1 · NDL 1078984 256コマ L

人物地名家(氏)官職日付索引へ

淸正宇土を圍む時、或夜、敵夜討すべし。な怠そ、と下知せられけり。果して杉本次郞介を大將として淸正の陣に夜討す。日下部平イ兵介、坂川忠兵衞鎗を合せ散々に攻め戰ふ。杉本守固きを見て城中に引返す。田中兵助は酒に醉ひて臥居たりしが、鐵炮の音に驚き起上り、鎗を取りて駈け出でしに、敵引取り皆門內に入りて、杉本一人大手の柵の木戶口に殘り止りたり。田中詞をかけたれば、杉本十文字の鎗にて田中を一鎗突きて、柵の中に入りにけり。淸正火を燈し軍せし者共を呼ばれしに、田中、今夜先駈したり、と申す。淸正能く見て、一番は日下部、坂川二人の內なり。二人とも箭創有り。弓は鎗を合する時射て、一同に懸れば射難きものなり。田中が創は右の腕に有り。鎗創ならば左の手に有るべし。殊に橫に疵の有るは汝が自ら切つたるにや、と云はれしかば、田中、敵は銀の澤瀉の立物打つたる冑を著、十文字の鎗にて杉本次郞介と名乘りたりき。猶僞と思召し候はんには不幸の至に候、とて退きけり。後城明渡し、杉本も淸正に奉公しければ、此夜討の事を問はれしに、杉本、城に入らんとせし時、頭盛の冑を著鎗を提げて走り來り候武者を、一鎗突いて候、と申す。淸正、田中が詞證據に符合しければ、五百石の祿を與へらる。田中其夜一通の書を殘し、虛名を蒙り世の誹に合ひ候程に、加祿に本の祿を添へて返し候、とて肥後を立退きけり。田中は其初盜賊にて有りしが、石川五右衞門と言へる强盜の長を、秀吉の時京の三條河原にて刑罪せられしに、道々見物の男女群をなす。田中其中に紛れて、石川を引きて過ぐる時につと飛懸り、石川が繩取を唯一刀に斬倒し、五右衞門殿日比の恩に報じ候、と呼はり、騷ぎ犇めく間に、人の中に走り入り、終に逃げ出でける男なり。此時二十六歲とかや。