秀吉、黑田如水をして豐前國に封ぜらる。日隈の城に一揆あり。如水の嗣子甲斐守長政兵を發して攻亡し、その外所々の戰に利を得て、武威廣大なり。然れども紀伊谷の紀伊彌三郞鎭房のみ不㆑從、その勇畧逞き事等倫する人なし。長政是を攻めんと望まるれども、如水不㆑許㆑之。長政本意なき事に思ひ、如水に忍び、密に紀伊谷へ取懸りて責㆑之。紀伊が兵勢盛んにして、長政の士大に破れて討るゝもの數を不㆑知。長政馬を深田へ乘落して、鞍爪まで泥に沈みてせんかたなし。長政が馬は大龍寺とて九州一の名馬なり。長政今この馬を捨ば敵に奪はるゝ事を口惜く思ひ、捨兼たる所へ、菅和泉守政利見て、我馬を長政に進めて行步立に成りて引かんとす。長政、菅が馬にのり、大龍寺を敵に奪はれなば甚だ恥辱なり、と、引上げて來れ、とて退かる。菅は跡にのこりてさま〲とすれども、大尺なる馬の深泥に沒しぬれば、如何ともなしがたし。菅今はせん方なく、片々の鐙をはづし持かへり、隨分と存じ祕術を盡し候へ共、七八人の力ならでは難㆑揚候ゆゑ、鐙を片々取歸候、とて出しければ、長政、能計ひぬ、とて感ぜられたり。如㆑此證なきときは、敵に奪ひ取られたるか、と人の疑を得るものなれば、かく計ひて虛說の譏なからんが爲なり。