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黒田孝高
本文表記 孝隆・如水・官兵衞・孝高・黑田父子・黑田如水・黑田孝隆・殿・黑田孝隆入道如水・官兵衞孝隆・黑田・黑田勘解由孝隆・勘解由・黑田孝高・如水公
黑田孝隆思慮の事 卷之五 · 2
小寺黑田始末の事 卷之五 · 33
- p01…は備前國福岡の人なりしが、播磨の小寺藤兵衞政職に仕へて、子官兵衞孝隆後如水と稱す共に功名有て用ひられけり。播州は其比所々に…
- p01…の人なりしが、播磨の小寺藤兵衞政職に仕へて、子官兵衞孝隆後如水と稱す共に功名有て用ひられけり。播州は其比所々に人々地に…
- p01…地に據りて守り軍せしが、小寺は五著に有りて姫路に小城を構へ、黑田父子此處に有りて、秀吉に賴みて信長の旗下に屬す。孝隆の子長政、其…
- p01…を構へ、黑田父子此處に有りて、秀吉に賴みて信長の旗下に屬す。孝隆の子長政、其比は松千代と言ひしを、人質にして秀吉の居城近江の…
- p01…に置きたり。此比毛利家の兵勢强かりしかば小寺約を變ぜんとす。孝隆、此は然る可からず。信長物荒き人なれ共、一旦天下に旗を擧げら…
- p01…を棄つるを悲み、斯く申すに非ず、と諫めけり。小寺聞き入れず、孝隆父宗圓に父子共誅せられぬべき密謀を告ぐ。宗圓物慣れたる士五六…
- p01…べき密謀を告ぐ。宗圓物慣れたる士五六人呼び集め所存を問ふに、官兵衞、五著に到られなば危かる可し、と言ふ。孝隆、然れば諫は尤なれ…
- p01…め所存を問ふに、官兵衞、五著に到られなば危かる可し、と言ふ。孝隆、然れば諫は尤なれ共、事も見ずして姫路に立籠らんは、君に弓を…
- p01…無くて討んとする惡逆の人天の咎無からんや、と口々に言へども、孝隆、各存ずる旨は誠に理なれども、今病と言はんに實とは聞き入れじ…
- p01…心安く思ひ候へ。君の志違ふとも我叛く可からず、と言ひしかば、孝隆打笑ひ、然らばとて座を立てば、人々、只今思召し切られての仰は…
- p01…遁れ給はずば、其時人々五著の城を枕にせん、と誓ひけり。宗圓、官兵衞は官兵衞の志をせよ。人々は人々の志をせよ、と下知せられしかば…
- p01…ずば、其時人々五著の城を枕にせん、と誓ひけり。宗圓、官兵衞は官兵衞の志をせよ。人々は人々の志をせよ、と下知せられしかば、孝隆五…
- p01…官兵衞の志をせよ。人々は人々の志をせよ、と下知せられしかば、孝隆五著に赴きけり。宗圓見送り、子ながらも恥しき事なり。先だつべ…
- p01…からざるは人の存ずる處なり。今讒言を信ぜらるゝこそ悲しけれ。孝隆を遣らずして引籠り謀叛して、命は惜き物ぞと敎ふるは父の道に非…
- p01…を引く設なしそ。酒宴して時々舞謠ひて日を送れ、と言ひしとぞ。孝隆は五著に行きて、心置くべき人の許に使して求め來れる肴有りとて…
- p01…ふとも心の外に現れぬ事はあらじ、など言合へり。又此を疑ひて、黑田父子は謀逞しき者にて良き士數多有り。城に籠る用意せん間に、官兵衞…
- p01…田父子は謀逞しき者にて良き士數多有り。城に籠る用意せん間に、官兵衞を以て欺く可きも計り難し、とて姫路の樣を聞くに、宗圓金剛に舞…
- p01…屬し、信長と戰ひ利あらずして有岡の城に引籠る。此由小寺聞きて孝隆を呼びて、我毛利に與すべきとは內々荒木と言ひ交したる故なり。…
- p01…州信長に從はば、我も眞に心を飜して信長に從ふべし、と言へば、孝隆聞きて、信長と荒木と和平は思ひ寄りも候はず。荒木度々信長に背…
- p01…共、名に換へて身を捨つるは義を思ふ故なり、とて見送りしかば、孝隆有岡に赴きたり。小寺兼て村重に密に毛利に一味すべきに、黑田父…
- p01…、孝隆有岡に赴きたり。小寺兼て村重に密に毛利に一味すべきに、黑田父子人質の松千代を信長に出し置きたれば、彼の父子は織田に內通の志…
- p01…次第遺恨深し。然れ共此上は信長に一味の心を易へて毛利に與し、官兵衞を引取る謀や有るべき、と言はせしかば、宗圓怒りて、官兵衞生虜…
- p01…し、官兵衞を引取る謀や有るべき、と言はせしかば、宗圓怒りて、官兵衞生虜に成りしかば是非の論なし。年老たる身の子を失ひし事は誠に…
- p01…論なし。年老たる身の子を失ひし事は誠に力なき次第なり。然るに官兵衞を救はん事謂無きに非ざれ共、先松千代を信長に出せし事は、君も…
- p01…代を信長に出せし事は、君も又臣父子と相計れる處にて候に、今度官兵衞を有岡にて捕へたるは、荒木が橫樣の振舞なり。相計れる處の人質…
- p01…へども用ひず。村重心有らば勞るべし。若し五著を攻めなば村重も官兵衞を殺害すべし。知らぬ樣にて在れよ。斯く有らんと思ひて官兵衞が…
- p01…も官兵衞を殺害すべし。知らぬ樣にて在れよ。斯く有らんと思ひて官兵衞が女房をば潛に此比引取り置きたり、とて驚かず。村重は小寺に賴…
- p01…をば潛に此比引取り置きたり、とて驚かず。村重は小寺に賴まれて孝隆を生虜たれ共、己が仇にも非ざれば勞り置けり。斯くて信長有岡を…
- p01…有岡を攻むるに及びて毛利家の後卷もせざれば、城落ちたりけり。孝隆は牢の中に呆れて有りける處に、栗山備後其時善助時々有岡…
- p01…事を得たり。秀吉播州に攻め入るに及びて小寺は但馬に落ち行き、黑田父子危難を脫るゝ事を得て、孝隆に宍粟郡を賜り、姫路を秀吉の城とす…
- p01…に及びて小寺は但馬に落ち行き、黑田父子危難を脫るゝ事を得て、孝隆に宍粟郡を賜り、姫路を秀吉の城とす。後に如水と稱して智謀逞し…
- p01…脫るゝ事を得て、孝隆に宍粟郡を賜り、姫路を秀吉の城とす。後に如水と稱して智謀逞しく、秀吉の功臣第一と聞えしは此の孝隆なり。…
- p01…す。後に如水と稱して智謀逞しく、秀吉の功臣第一と聞えしは此の孝隆なり。…
井口兄弟武勇の事 卷之五 · 8
- p01…黑田孝隆播州にて秀吉の命を請け、長の坪といふ城を攻め落し、井口猪之介…
- p01…の坪といふ城を攻め落し、井口猪之介、三宅藤十郞に其城を預け、孝隆は秀吉の先陣たる處に、其城より逃落ちたる者共一族を催し、其夜…
- p01…り。井口三宅、人も少く、攻め破りて普請も未せざれば守り難し。殿未だ遠くは行かせまじ。切り脫けて參り後卷の事申すべし、と云ひ…
- p01…與一之助といふ。六大夫は播州北條の構を守りて討死しけり。或時孝隆の士罪有りて討手を向けらるゝに、却りて討手を切つて兄弟三人町…
- p01…人町に出で、大なる屋に取籠りたり。甚十郞見て參らんと言へども孝隆許されざりしに、再三に及びければ、然らばとて許されたり。甚十…
- p01…、痛手にて馬より落ち、少時ありて蘇生したるを戶板に乘せ來る。孝隆膝を枕にさせ、手は如何、と問はるゝに、如此に候、と一言いひ…
- p01…言いひて終れり。兄弟三人皆我爲に死たる事報ゆるに詞無し、とて孝隆其父與二右衞門が宅に自往きて弔はれ、與一之助七八歲なるを呼び…
- p01…るを切らん物を、と呼る。種々にすかし名を言へども歸らざれば、殿の仰にて威の爲に來りたり。著せさせ給ふ帷子の片袖を證據に取り…
吉田六之助首供養の事 卷之五 · 2
生田木屋之介武功の事 卷之五 · 3
中村一氏紀州の一揆を追拂はれし事 卷之六 · 2
薩摩勢根白の砦を攻むる事 卷之八 · 3
黑田家岐井谷合戰の事竝小川傳右衞門野村太郞兵衞岐井友房を斬る事 卷之九 · 11
- p01…秀吉黑田勘解由孝隆に豐前國を與へられしに、一揆處々に起る。中にも岐井谷友房は元…
- p01…る子孫なり。毛利壹岐守勝信に誘れ、地士を驅催し民屋に放火す。黑田父子は馬の岳と云ふ城に有りけるを、城下に押寄する。長政其時十六歲…
- p01…下に押寄する。長政其時十六歲。岐井を討つ可きと勇まれけれども孝隆同心せられず。長政其頃は吉兵衞と言ひけるが、若士共引具し切つ…
- p03…孝隆は馬の岳の矢倉に上り、長政の敗軍を見て笑ひ居られしかば、側よ…
- p03…たり。長政敗軍を口惜しとて引籠り、夜の物打被きて臥し居たり。孝隆物主を呼びて、弱敵をば恐れよ。初の勝を勝にするものなり。勝す…
- p03…長政起き上り物語せられけり。長政は面目無しとて父の前に出ず。孝隆、扨は必死を期したるなりと察し、老功の者數多長政に差添て早り…
- p03…も終らず空しくなりけるとぞ。比類無き者なり、と云合へり。翌日孝隆火隈に來りて對面し、若き者は懲る事無くては思慮の練れぬものぞ…
- p03…の勝を全うするよ、と敎へられぬ。長政又押寄せんと云はれしを、孝隆制して要害を設け、兵粮の道を塞ぎ馬の岳に歸られけり。斯て一揆…
- p03…て互に物語しけるに、或時三宅言ひけるは、友房內室なしと聞く。勘解由に妹あり、婚禮あらば如何に、と云ふ。傳法寺、夫は悅ばしき事な…
- p03…でたる哉。事調ずば面目も候はず、など言ひて、長政に斯と告げて孝隆にも告遣りしかば密謀をなし、三宅に孝隆書を與へ、緣を結ぶは末…
- p03…ひて、長政に斯と告げて孝隆にも告遣りしかば密謀をなし、三宅に孝隆書を與へ、緣を結ぶは末賴母しき事なれども、例の麁忽ならん、と…
黑田孝高法體の事 卷之九 · 10
- p01…黑田孝高は智謀衆に超えし良將にて、常に天下の望み有りけるが、或時豐臣…
- p01…謀衆に超えし良將にて、常に天下の望み有りけるが、或時豐臣秀吉孝高を召され酒宴を催し尋ねけるは、如何に孝高、今天下に英雄豪傑多…
- p01…けるが、或時豐臣秀吉孝高を召され酒宴を催し尋ねけるは、如何に孝高、今天下に英雄豪傑多く在りと雖も、天下を保つべき程の者は誰と…
- p01…に英雄豪傑多く在りと雖も、天下を保つべき程の者は誰と思ふや。孝高打笑ひ、某の如き者に爭でか之を知る事を得べけんや。秀吉、我れ…
- p01…けんや。秀吉、我れ試に論はんと思ふなり。先づ言うて見られよ。孝高已を得ず、某考ふるに、當時天下に威名高く、天下をも掌握すべき…
- p01…然れば何んぞ天下を保つこと叶はんや。其外に一人在り知らずや。孝高驚きて問ふ。秀吉、眼前にありと。孝高、眼前とは何れに居り候や…
- p01…其外に一人在り知らずや。孝高驚きて問ふ。秀吉、眼前にありと。孝高、眼前とは何れに居り候や。秀吉、卽ち其方なり、と聞きて孝高大…
- p01…。孝高、眼前とは何れに居り候や。秀吉、卽ち其方なり、と聞きて孝高大に驚き、額に汗を流して、何條愚昧の某斯る大器に當らんや、と…
- p01…額に汗を流して、何條愚昧の某斯る大器に當らんや、と對へしが、孝高は我が胸中を秀吉に見拔かれ、針の莚に座する心地して、其日の酒…
- p01…世を悟り直樣入道し、是れまでの望を水の泡になさんと云ふ心にて如水と號し、家督を子息甲斐守長政に讓りて隱居をなしにける。…
黑田長政慢言の事 卷之九 · 1
- p01…十四より今に至るまで拔群の功績を樹つる事多しと雖も、大功ある如水の子なるを以て、之と比較來りて目に立たざれば人之を稱せず。然…
栗山利安儉約の事附日根野備中守黑田家に銀を返す事 卷之十 · 5
- p02…日根野備中守朝鮮に使として往く時、黑田如水に銀を借り、歸りて後如水の許に行きしに、如水近習の士に、先に…
- p02…根野備中守朝鮮に使として往く時、黑田如水に銀を借り、歸りて後如水の許に行きしに、如水近習の士に、先に人の贈りし鯛を三つにして…
- p02…して往く時、黑田如水に銀を借り、歸りて後如水の許に行きしに、如水近習の士に、先に人の贈りし鯛を三つにして、その骨を烹て饗し候…
- p02…。頓て肴を出し酒宴有りし後、彼借りたる銀百枚取出し返せしに、如水、始より返し給はらんとの心にて貸し候はず。異國に渡らるゝによ…
- p02…り賴まれしかば送り參らせしなり、とて受取らずして止ぬ。栗山も如水の風に習ひたるにや、君臣共に賴母しき事ぞかし。栗山の戒をもて…
黑田如水先見の事 卷之十一 · 1
- p01…に赴きけり。偖ては日本の權威は三成に歸すべし、と言ひ振らす。黑田如水獨是を然りとせず。朝鮮の事三成是を承るにより、日本は德川殿の…
黑田如水凶相の馬に乘られし事 卷之十五 · 2
黑田大友石垣原合戰の事 卷之十五 · 2
黑田如水豪氣の事 卷之十五 · 9
- p01…關ヶ原の時黑田如水は豐前中津に有りしが、九千餘の兵を率ゐ、九月九日打出でて諸所…
- p01…中納言秀詮は、長政の謀によりて裏切せられし由告げられしかば、如水大に怒り、空果てたる甲斐守かな。天下分目の軍はわざと月日を過…
- p01…は甲斐守なり、とぞ呟かれける。其後長政に筑前を賜はりければ、如水も京に上られけるに、諸國の大名如水の門に來りて市をなしけり。…
- p01…長政に筑前を賜はりければ、如水も京に上られけるに、諸國の大名如水の門に來りて市をなしけり。山名禪高如水と年比の友なりしが、如…
- p01…られけるに、諸國の大名如水の門に來りて市をなしけり。山名禪高如水と年比の友なりしが、如水の許に來りて、諸將の尊崇大方ならず。…
- p01…水の門に來りて市をなしけり。山名禪高如水と年比の友なりしが、如水の許に來りて、諸將の尊崇大方ならず。殊に夜中に密談も候とて世…
- p01…候に、斯くては筑前守の爲に惡かりなん。德川殿頻に用心有るも皆如水を恐れての事なりと人も申し候。猶又醍醐、山科、宇治に浪人夥多…
- p01…の事なりと人も申し候。猶又醍醐、山科、宇治に浪人夥多居候も、如水の隱し置きたると人々疑ひ申すなり。如何に、と申されけるに、如…
- p01…水の隱し置きたると人々疑ひ申すなり。如何に、と申されけるに、如水聞きも敢へず、內府を攻亡し、天下を取らんと思はんには、いと易…
黑田如水遺言の事 卷之十八 · 2
黑田滿德丸袴著の時母里但馬舞をまひし事 卷之十九 · 1
- p01…長政の前に跪き、憚も顧みず進め奉り候、とて盃を差置き、若き時如水公の小姓たりしかば御酌は致し習ひし、小笠原の禮儀存じ出し候、と…
豐前國紀伊谷紀伊彌三郞籠城の事 拾遺 卷之四 · 4
この索引は編者の判断による比定を含みます。詳しく