常山紀談本文データベース

目次 › 卷之六 › e165

○中村一氏紀州の一揆を追拂はれし事

卷之六 第23話 · 段落 1 · NDL 1078984 128コマ L

人物地名家(氏)官職日付索引へ

秀吉小牧に陣を出す時、紀州の根來雜賀の一揆を押へんため、中村式部少輔一氏を岸和田の城に置かれけり。紀州の一揆秀吉大阪を打立つと聞きて、二萬三千許二手に分れ、一手は東の山際より堺に向ひ、一手は岸和田に押寄る。早り雄の若者共二騎三騎城を出でて、寄手に向ひしかば、士大將早川助右衞門、川毛惣左衞門引歸れ、と使を遣るを、一氏聞きて、斯る時進んで行重りたる武者を引かんとすれば敗北するものよ。いざ打出でん、とて鐵蓋が峯と名附けし冑の緒を締め城を乘出す。先に進んだる者共菅笠の馬印を振返り見て、すはや殿こそ出で給へ。軍ば勝ちたるよ、と言ふ程こそあれ、一萬餘の紀州勢に面も振ず切掛り打破りて、七筋に分れて逃るを追ふ。一氏は三百許にて、堂の池といふ所に控へて先陣の歸るを待つ處に、堺海道に馬煙暗う見ゆ。是は堺に向ひたる敵の返し來れるなり。荒手の大軍に駈け合つて戰はん事思ひも寄らず。疾く城に楯籠らん、と口々にいへば、一氏、否々退くならば味方氣挫けて打負けなん。一寸も退く時は、先陣を捨殺し、城をも攻め落さるべし。一揆は何百萬もあれ、先陣をだに切崩すならば、二陣は忽敗北すべし。我に任せよ、とて敵の一同に掛り難き地の理を料り、堂の池を前にして大敵を待たれけり。一氏、馬をば悉く城へ返し候へ。馬を引附け置く時は引退きたき心の起るぞ、とて將几に腰かけ、旗本三百許の勢、鎗を膝の上に置きて折敷たり。新藤勘左衞門强弓矢繼早の手利なるが散々に射る。射白まされて手負死人倒れ重りて躊躇ふ時、一氏弓の者の羽壺を勘左衞門に渡せ、と下知せられしかば、愈指詰引詰射ける矢に空矢無かりけり。一氏、麾を取り掛れ、と言うて立ち上る。黑田如水は大坂に在りしが、岸和田に敵押寄すると聞き、子の長政十四歲になりしが岸和田に在れば、いざ救はん、とて七百許にて敵の後に駈け來るを一氏見て、愈進み喚き叫んで切つてかゝり、追つ立て八百餘の首を取りたり。如水は長政如何にと思ふ處に、黃羅紗の羽織著て鹿毛なる馬に乘り、今朝討ち取りし首を、鞍の四方手に附けて馳巡るを見て悅ばるゝ事大方ならず。秀吉一氏に感狀賜ひてけり。一氏は豐臣家諸將の中にも勝れし勇將なれば、加藤嘉明も羨み慕ひて、吾子の明成を式部少輔になしけるとぞ。