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中村一氏
本文表記 一氏・中村式部少輔一氏・中村式部少輔・殿・式部
中村一氏紀州の一揆を追拂はれし事 卷之六 · 11
- p01…秀吉小牧に陣を出す時、紀州の根來雜賀の一揆を押へんため、中村式部少輔一氏を岸和田の城に置かれけり。紀州の一揆秀吉大阪を打立つと聞きて…
- p01…かば、士大將早川助右衞門、川毛惣左衞門引歸れ、と使を遣るを、一氏聞きて、斯る時進んで行重りたる武者を引かんとすれば敗北するも…
- p01…め城を乘出す。先に進んだる者共菅笠の馬印を振返り見て、すはや殿こそ出で給へ。軍ば勝ちたるよ、と言ふ程こそあれ、一萬餘の紀州…
- p01…餘の紀州勢に面も振ず切掛り打破りて、七筋に分れて逃るを追ふ。一氏は三百許にて、堂の池といふ所に控へて先陣の歸るを待つ處に、堺…
- p01…つて戰はん事思ひも寄らず。疾く城に楯籠らん、と口々にいへば、一氏、否々退くならば味方氣挫けて打負けなん。一寸も退く時は、先陣…
- p01…同に掛り難き地の理を料り、堂の池を前にして大敵を待たれけり。一氏、馬をば悉く城へ返し候へ。馬を引附け置く時は引退きたき心の起…
- p01…利なるが散々に射る。射白まされて手負死人倒れ重りて躊躇ふ時、一氏弓の者の羽壺を勘左衞門に渡せ、と下知せられしかば、愈指詰引詰…
- p01…せ、と下知せられしかば、愈指詰引詰射ける矢に空矢無かりけり。一氏、麾を取り掛れ、と言うて立ち上る。黑田如水は大坂に在りしが、…
- p01…岸和田に在れば、いざ救はん、とて七百許にて敵の後に駈け來るを一氏見て、愈進み喚き叫んで切つてかゝり、追つ立て八百餘の首を取り…
- p01…を、鞍の四方手に附けて馳巡るを見て悅ばるゝ事大方ならず。秀吉一氏に感狀賜ひてけり。一氏は豐臣家諸將の中にも勝れし勇將なれば、…
- p01…馳巡るを見て悅ばるゝ事大方ならず。秀吉一氏に感狀賜ひてけり。一氏は豐臣家諸將の中にも勝れし勇將なれば、加藤嘉明も羨み慕ひて、…
石田が黨東照宮を謀り奉らんとせし事 卷之十一 · 1
- p03…らず、と仰せられけり。正月十九日、安國寺瓊長老、生駒雅樂頭、中村式部少輔、堀尾帶刀四人四老五奉行の使として、東照宮に參りて、伊達政宗…
細川忠興忠告の事 卷之十一 · 1
- p04…又一說に、五老五奉行の內爭論不和の事あらば、生駒雅樂頭親正、中村式部少輔一氏、堀尾帶刀吉晴三人和平を取計ふべし、と兼て太閤の遺言に因りて…
株瀨川合戰の事 卷之十三 · 1
- p02…ざるがよく候。大夫殿の押附羽織の後紋を見申したる事も有りき。式部事太閤より以來先陣を勤め、何れの軍にも功名遂げ候。兎角仕りて…
飯尾甚大夫一騎先駈の事附成合平左衞門が事 卷之十三 · 1
- p02…ば、成合は和泉小木川の一番鎗を合せ、秀吉の感狀賜りけれども、一氏僅に三百石與へられし故、木村が許に行きて三萬石、佐沼の城代た…
藤堂家合戰渡邊勘兵衞功名の事竝渡邊始末の事 卷之二十一 · 5
- p02…たる母衣を懸くる者六七人有りしに、了に此母衣を許されけり。後中村一氏に奉公せしが、小田原の北條を攻めらるゝ時、山中の城を俄に攻落…
- p02…田原の北條を攻めらるゝ時、山中の城を俄に攻落すべき樣を見て、一氏を進めて頓て打破り、成合平左衞門に一氏の馬印を本丸の隅矢倉に…
- p02…に攻落すべき樣を見て、一氏を進めて頓て打破り、成合平左衞門に一氏の馬印を本丸の隅矢倉に押立てさせ、中村式部少輔一番乘と呼はり…
- p02…打破り、成合平左衞門に一氏の馬印を本丸の隅矢倉に押立てさせ、中村式部少輔一番乘と呼はりけり。秀吉錦の羽織を一氏に與へられしかば、我今…
- p02…に押立てさせ、中村式部少輔一番乘と呼はりけり。秀吉錦の羽織を一氏に與へられしかば、我今日の功名は汝故なり、とて羽織を了に與へ…
關ケ原御一戰御勝利稻次右近高名の事 拾遺 卷之二 · 1
- p01…引を掛け、其口中村一學陣取の際なり。竹田五郞兵衞二千石取一氏姪聟三間計の鳥毛の棒の指物にて陣所の塀を跳越え、治部が勢へ…
秀吉尾州進發の事 拾遺 卷之四 · 6
- p01…秀吉尾張に發して、信雄、源君を征せんとす。先泉州岸和田の城中村式部少輔一氏を籠め置き、紀州の根來雜賀の一揆を押へしむ。信雄密に根來雜賀…
- p01…、二萬計海陸に分ちて堺の浦へ働出て、大坂の空虛を襲はんとす。一氏下知して、大敵なり。容易に戰はば尾張の御戰に害有るべし、とて…
- p01…に、眞鍋五郞右衞門貞成此時號次郞俊成號主馬大夫十七歲、一氏從て城中に在りしが、一氏に乞ひて、一揆船手を働くと見え候。某…
- p01…此時號次郞俊成號主馬大夫十七歲、一氏從て城中に在りしが、一氏に乞ひて、一揆船手を働くと見え候。某在所大津に家人の妻子を差…
- p01…人の妻子を差置き候へば、參りて片附け候はばや、と申しければ、一氏、尤なり、とて許之。眞鍋手勢百三十餘にて大津に歸れば、舟手…
- p01…ば、敵船さん〲に亂れて遙の沖に引退き、敢て可寄氣色もなし。一氏は眞鍋が働如何と思ひ、蜂須賀小六家政後阿波守蓬庵と稱す…
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