e139.p01校訂済114R:12–13114L:1–3別別所家にて首供養したる人有りと孝隆聞きて、秦桐若首三十一取りたるに惜むべきは死したりき。吉田六之助正利供養すべし、と言はれしに、正利、首數二十七取りて候、とて辭したりけり。孝隆、小氣なる男かな、今年三十一歲なり。此後首取るまじとや。先供養して後に其數を合せよ、とて米百石與へ、供養して播州靑山の南に塚を築きたり。後所々の合戰、朝鮮の軍までに取りたる首五十に及べり。後壹岐といふ。