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○生田木屋之介武功の事

卷之五 第27話 · 段落 1 · NDL 1078984 114コマ L

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天正五年黑田孝隆播州佐川1の城を攻むる時、生田木屋之介夜中に忍びて城際に近づき寄り、懷中の小鋸をもて塀柱の根を切り目標をして、翌日城攻に彼の柱に鈎繩を附けて引倒し、先駈して城に入りけり。木屋之介もと隅田小介といふ。日向國隅田刑部少輔が嫡子なり。十六歲の時傍輩を討つて出奔し、播州に行きて孝隆の士井上九郞右衞門を賴みけるに留め置き、未だ對面せざる處に、其夜隣家に人を殺し取籠りたる者あり。夫を搦め出すに附卽時に孝隆に申して、それより奉公しけり。攝州生田の城にて高名あり。之によりて生田木屋之介と姓名を賜はる。是その高名を永く顯さん爲とかや。
  1. 誤植 — 底本「川」。振り仮名「さよ」から「佐用」の誤植か(「用」の横画欠け)。