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○黑田孝隆思慮の事

卷之五 第20話 · 段落 1 · NDL 1078984 108コマ R

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秀吉信長の弔合戰せんとて備中より引き返されし時、姫路に立ち寄らるべし、と人々も思ひけるに、黑田孝隆、姫路に馬を駐めらる可き事、少の間も然る可からず候。假初の旅にも家出は遲々するが人情なり。今度は主君の仇を討つべき爲の軍にて候。大和の筒井、細川を初め、明智が親み有る者共馳せ加りなば由々しき大事なり。如何にやせん、と思慮の未だ決せざる中に、急ぎて押著けられよ、と謀りたりければ、よくこそ言ひたれとて、一人も姫路へ寄りたらん者をば忽ち誅す可し、と振れさせられけり。孝隆先達つて人を走らかし、姫路の町人共河原へ出で、粥を仕度して軍兵に遇すべし、と下知したるより、食肴を河原へ持ち出でたりければ、立寄らずして山崎表へ押附けられけり。太閤記に、姫路に二日滯留と言へるは誤なり。