黑田孝高は智謀衆に超えし良將にて、常に天下の望み有りけるが、或時豐臣秀吉孝高を召され酒宴を催し尋ねけるは、如何に孝高、今天下に英雄豪傑多く在りと雖も、天下を保つべき程の者は誰と思ふや。孝高打笑ひ、某の如き者に爭でか之を知る事を得べけんや。秀吉、我れ試に論はんと思ふなり。先づ言うて見られよ。孝高已を得ず、某考ふるに、當時天下に威名高く、天下をも掌握すべき者は中國の毛利輝元なるべし。秀吉莞爾と笑ひ、誠に輝元は今十餘ヶ國を切り隨へ、其威破竹の如くなりと雖も、是れ皆父祖の餘德にして輝元が器量の爲めに非ず。然れば何んぞ天下を保つこと叶はんや。其外に一人在り知らずや。孝高驚きて問ふ。秀吉、眼前にありと。孝高、眼前とは何れに居り候や。秀吉、卽ち其方なり、と聞きて孝高大に驚き、額に汗を流して、何條愚昧の某斯る大器に當らんや、と對へしが、孝高は我が胸中を秀吉に見拔かれ、針の莚に座する心地して、其日の酒宴を退出し、我館に歸り、所詮秀吉に見拔かれし上は、我が身の命も危し、と夫れより世を悟り直樣入道し、是れまでの望を水の泡になさんと云ふ心にて如水と號し、家督を子息甲斐守長政に讓りて隱居をなしにける。