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九州
本文表記 筑紫
東照宮聚樂にて秀吉公に御對面の事 卷之七 · 1
- p03…べきと中國西國に語り次ぎ言ひ次いで、普く世人の口に有るべし。筑紫の末までも聞えなん。是天下の大名に威を示すの謀畧なり。其遠大…
仙石權兵衞九州に間者の事 卷之八 · 1
- p01…を討たんと思ふ事年久し。天正十三年仙石權兵衞を商人の體にして九州に間者とし、山々浦々の地理悉く繪に書きて起臥に見、兵を分ち攻…
高橋紹運討死の事附立花統增薩摩に囚るゝ事 卷之八 · 6
- p01…る者多く出で來て、今斯く衰へたり。然れ共今にも秀吉公大軍にて九州に渡らせ給ひ、薩摩に攻め入られんに、鹿兒島の破れん事も遠から…
- p06…はらんや、と言へ共、紹運節義を說きて屈服の色無く、來春は關白九州へ兵を出さる可く候。然らば島津家の存亡も計るべからず。主の盛…
- p06…大軍を引受け、堅固に城を守らるゝ事廿日に及べり。紹運公の武勇九州に無雙たるべし。寶滿立花岩屋とも子細候まじ。和談を取結び軍を…
- p06…談は、紹運公の心に有るべし。事成りたらんには其時人質を返し、九州一統島津に屬しなん。其後中國に押渡り、島津家天下に旗を立て候…
- p06…に出さん事はさも有りなん。秋月種實龍造寺に組し、夫より一同に九州の亂に及べる根本の人なれば秋月に腹切らせ、薩州の兩將より、今…
- p06…心元無くや有りけん、薩州に移し下堂院と云ふ所に置きけり。秀吉九州へ渡海し、先陣薩州千臺まで進まれしかば、統虎使を以て、統增を…
志賀親次山海が嶺に兵を伏する事 卷之八 · 1
- p01…賀太郞親次獨義久に降らず。義久松の尾の城に在りて秀吉大軍にて九州に渡らるゝと聞きて、薩州に引退く。親次大に悅び、嶮岨の地に兵…
秋月種長降參の事 卷之八 · 1
- p01…りければ、皆、思ひも寄らぬ事よ、と言ひ合へり。斯くと聞傳へて九州の敵多く戰はずして降參せり。…
新納武藏守豪氣事の 卷之八 · 1
- p02…り其例無き事に非ず。只今日本の主と世に稱し申し候關白樣、遙に筑紫の果迄引出し奉り、鹿兒島に申請け候事は島津が家の譽とや申さん…
高次大津の城を出でられし事 卷之十四 · 1
- p01…城を攻めける敵兵大垣に到る程ならば、關ヶ原の軍危かるべきに、九州の大軍を數日隔てられし故、我軍の援となりし事、大津城中の軍兵…
伏見落城の事附鳥居忠政雜賀孫市を饗されし事 卷之十四 · 1
- p01…、增田が申し候には、今度輝元、秀家、景勝德川殿と弓箭をとり、九州中國の諸大名皆同心せられ候。斯れば此城を請取り申すべし。長盛…
黑田如水凶相の馬に乘られし事 卷之十五 · 1
- p01…黑田孝隆入道如水、關ヶ原亂の時九州を打平げられしに、乘られし馬は二寸許の黑き馬なるが、百會に手…
黑田如水豪氣の事 卷之十五 · 1
- p01…ず、內府を攻亡し、天下を取らんと思はんには、いと易き事なり。筑紫をば皆打平げたり。島津のみ殘りしかばあつかひを懸けて味方とせ…
小早川隆景遺訓の事 卷之十六 · 2
黑田如水遺言の事 卷之十八 · 1
- p01…に我は無雙の博奕の上手なり。關ヶ原にて石田今暫く支へたらば、筑紫より攻登り、下部のいふ勝相撲に入りて日本を掌の中に握らんと思…
柳生宗矩劍術御師範の事竝宗矩先見の事 卷之十九 · 1
- p01…御前に召して、何事にや、と仰有り。宗矩畏り、只今承り候へば、九州に切支丹宗門の逆徒發起し、內膳正重昌追討の御使を承り馳向ふ由…
板倉重昌肥前國島原の賊追討の事竝周防守重宗先見の事 卷之十九 · 1
- p01…志に非ず。天晴仰を奉りて西國に赴かばや、とぞ言はれける。重昌筑紫に向ふ時、京都にて所司代板倉周防守重宗に對面有りて、今度の仰…
鍋島榊原島原城先登の事 卷之十九 · 1
- p01…ぢて追ひ込まれ、三十日過ぎて御許され有り。勝重人に會ふ每に、筑紫にて卒忽の城攻せし罪許し給はり、忝き由言はれしかば、江戶にて…
東照宮松倉市橋堀桑山別所五人へ御遺言の事 卷之二十三 · 1
- p01…城兵引返すを追討たざりし時、別所諸大將の前に馬を乘迴し、先年筑紫にて、島津が退口を尾藤が慕はざりしを太閤怒られき。只今追駈く…
豐前國紀伊谷紀伊彌三郞籠城の事 拾遺 卷之四 · 1
- p01…落して、鞍爪まで泥に沈みてせんかたなし。長政が馬は大龍寺とて九州一の名馬なり。長政今この馬を捨ば敵に奪はるゝ事を口惜く思ひ、…
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