同じ城攻に、鍋島のしより塀二三間許に竹把を附寄せ、軍兵犇と押寄せ居けるに、城中殊の外に靜なれば、窃に塀の內を差覘き見るに一揆一人も無し。士大將鍋島安藝是を聞き、塀裏を差覘く其有樣、只今攻入るべき氣色なりしかば、あはや、と云ふ程こそ有れ我先にと駈集る。鍋島の陣に附けられし榊原飛驒守の士共竹把を附習ふとて、每日代り〱に來りしが、是を見て、いざと言ふ儘に押寄する。榊原の嫡子左衞門佐眞先駈けて乘入りけりれば1、戶田左門氏鐵の陣所に諸將集りて軍評定有りし時なるに、井樓より鍋島の軍兵、只今城に攻入り候、と呼はる。さらばとて諸將陣を寄せて攻落されける。其後勝重に、今度軍令を背き、城攻有りし事を問はるゝに、勝重承り、榊原父子先駈して乘入り候上は、目附を討せて叶ふまじと、不意に攻入り候、と申さる。榊原に問はるゝに、嫡子にて候若き奴、軍令を忘れ先駈しける故恩愛に引かれ、子を眼前に討たせ候ては生き甲斐無し。父子は同罪と存じ、續いて攻入り候、と申されければ、鍋島も榊原も門を閉ぢて追ひ込まれ、三十日過ぎて御許され有り。勝重人に會ふ每に、筑紫にて卒忽の城攻せし罪許し給はり、忝き由言はれしかば、江戶にて、城攻の卒忽人よ、とて勝重の通らるゝを珍しげに觀けるとなり。又榊原申されけるは、若き者共に竹把の附け樣習はせ度く候。攻口四五間分ち給はれ、となり。皆、苦しう候はじ、と云ひけるに勝重聞入れず。我攻口を人に分くる事や有る。一寸も叶ふまじ、と答へらるゝに、榊原强ひられしかば、飛州の士を我士共に差加へられよ、と言はれけり。此時一丈にても分けたらば領地を削らるべき由議有りけるに、勝重の遠き慮無かりし故に、其事止みたりし、と人々言ひけるとぞ。
- 誤植乘入りけりれば — 底本「乘入りけりれば」。「り」の衍字か。